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ストーカー王子の撃退方法  作者: 若葉香羽
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第五話 

お読みくださりありがとうございます!




「エステルっ!!」



「っでん、か……」



ーーバタンッ!と勢いよく扉が開かれ、正装らしき殿下がツカツカと歩み寄ってくる。

そしてメイドたちに囲まれている私の肩を真っ先に抱き寄せた。


「っ……」


突然のことにびっくりして思い切り体を揺らしてしまい、もっと強く胸元に引き寄せられる。

殿下の規則正しい心音がすぐ近くに聞こえ、少しだけ何故か心が落ち着いた。



「第一王子殿下!まだエステル様は準備が……」


テリビアが何か言っているようだったが、まだ呼吸が安定してないのかうまく声が聞き取れない。




ーーが、次の瞬間、ピリッと空気が変わったのを感じた。




「黙れ、そなたたちの声はエステルには届かなかったのだ。……全員速やかに退出せよ、後は私でもできる」



「っ…!」



なんて言っているのだろうか。

ほんのりと、退出、という言葉が聞こえた気がする。私の名前が呼ばれた気もしたのだが、気のせいだろうか。




「……失礼致しました。皆、手にしているものは近くに置いて部屋を出なさい」



これはテリビアの声だ。次いでカタン、カタンッと色んな物音が聞こえ始める。



視界が段々と良好になり、はっきりとその目に収められたのはテリビアが扉の前でお辞儀をしているところだった。



「失礼致します」



ーーパタンッと、扉が閉まる。


その扉からはもう、先程殿下が入ってきたときのような強さは感じられなかった。






「……エステル」




シーン、と静まり返った部屋の中に殿下の声が響いて初めて、自分の過呼吸が治まっていたことに気付いた。

あんなにも激しく動いていた心臓が、今では元通りに規則正しくリズムを奏でている。



そして殿下とその音が重なったとき、気づけば声を出していた。



「……でん、か…どうしてここに」


ふと隣を見上げれば、いつものキラキラスマイルとは違う、爽やかで美しい笑みがそこにある。



「愚問だね、エステル。僕は君の何だい?」


その碧く透き通った瞳を、じっと見つめ返した。





「……ストーカー、です」


殿下の笑顔につられて私も笑ってしまった。これは断じて満面の笑みだとかそんなものではない。呆れただけだ。





「エステル、君の心の中に()()が根を張っていることは知っている。それが君の感情を制限してしまっていることも」


真剣な瞳をする殿下の話を私は黙って聞いた。


殿下と初めてまともに話した時、名前、家族構成、メイドになった理由、その全てを暴露された経験があるので、あのことに関してもきっと調べはついているのだろう、と薄々感じていた。



「それは君の問題で、エステル自身が乗り越えないと鎖は断ち切れない。……だからこそ、僕は何度でも君を助けるよ。エステルから話してくれるその日まで、助け舟を出そう」



きっと嫌だと言っても永遠に付き纏ってくるのだろう。そう言う人である。




ーー分かっている。



悪夢を見た時も、今回も、私は殿下に助けられた。

殿下のそばが居心地がいいと思った。その気持ちが成すものも分かってはいるけれど、もう少し、




「……もう少しだけ、待ってください」


私の答えに殿下は微笑むだけだった。





「よし、それじゃあ舞踏会に行こうか?僕のお姫様」


「あっ……あの、殿下。私踊れないのですが……」


「大丈夫だよ、ちゃんとリードするから」





いや、本当に踊れないのだが。と思いつつ、仮にたくさん踏んでしまってもいつもドキドキさせられてた分お返しってことで許してもらおう、と思った。





***





「も、申し訳ありませんでした……」




「ふふ……大丈夫大丈夫。まさかあそこまで踏まれるとは思ってなかったけど、ね?」


「申し訳ありません!殿下の大事なお体を……」



殿下に髪を結ってもらい、ドレスに刺さっていた針と糸を軽く処理して舞踏会にはなんとか間に合った。


入場間も無く一曲目のワルツを踊ったのだが……






ーーふ、不敬罪で捕まったらどうしよう……!



長く美しい青色のドレスに隠れて、まー踏んだ踏んだ。


左足踏んで右足踏んで、また左足のエンドレス。

殿下の素晴らしいリードのおかげでなんとか外見はカバーされていると思いたいが、自分で予想した三倍くらいは酷かった。



「本当に、申し訳ありません。殿下」


今一度頭を下げれば、殿下は手を軽く振って笑う。



「大丈夫だよ。それよりも僕はもっと気にしてもらいたいところがあるんだけど……もしかしてエステル、忘れてるとかないよね?」


踊り終わって壁側に避けて歩きながら、殿下は私の耳元に口を寄せた。言われることに心当たりがなく小首を傾げてしまう。






「今日、殿下って何回呼んだ?」




「……え?」





ーー当日殿下って呼んだら、ペナルティでキス一回ね。



フラッシュバックした記憶に、かぁっと頬が赤く染まるのを感じた。私はにこにこと微笑む殿下に大慌てで言い訳を連ねる。


「そ、それは殿下が勝手に仰っただけで……!」


「はい、ペナルティ追加ね」


「っ!」



喋れば喋るほど殿下のペースである。

どう呼ぶか考える以前に、殿下、と声をかけるのが癖になっていて次口を開けばまた言ってしまいそうな気がして話せなかった。



何とかして無くさないと、と口を開こうとした瞬間、誰かがこちらへと駆け寄ってきて殿下へと声をかけた。



「第一王子殿下にご挨拶申し上げます。今宵はお招き頂き、誠にありがとうございます」


そうしてお辞儀をしたのは、たっぷりと髭を蓄えた恰幅の良いおじさま。しかし、私はそれがただのおじさまではないことを知っている。



そして、私が顔を上げていてもいい相手ではないことも。



「ヴィルトン公爵。こちらこそ、公爵にお越しいただけて嬉しく思います」


外交モードに入った殿下が公爵閣下と握手を交わした。男爵令嬢である私は、呼ばれるまで顔を上げることはできない。



「王宮でのパーティーは久しぶりでございますからな。存分に楽しませていただきますよ。……して、そちらのお嬢さんは?」


その言葉に悪意はない、がーー……


「彼女は一曲目のパートナーです。疲れてしまったようなので部屋へ案内しようかと」


「……公爵閣下にご挨拶申し上げます」



ーー私が男爵令嬢であることはなるべく内緒にした方がいい。


ヴィアン公爵は血筋を特別気にする方ではないが、王太子に、ひいては国王になる可能性のある王子と男爵家の令嬢が共にいたと知れば、さすがの公爵も黙ってはいないはずだ。



「第一王子殿下、ヴィアン公爵閣下。申し訳ありません、体調が優れず……失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」


ここは自ら退出すべきだろう。

本当はせっかくだから食べ物や飲み物など楽しみたいところだが、元々メイドには縁遠い場所である。

殿下とダンスを踊れただけでメイドからしたら一生の思い出だ。



「……あぁ、ゆっくり休んでくれ」



「…?はい、失礼致します」



殿下が何かを言いかけていたような気がしたが、気のせいだろう。公爵にも深々とお辞儀をし、ホールから退出した。







「ふぅ……」



人目のつかない場所まで歩いてから、壁に手をついて息を整える。前に一度社交界に出たことはあれど、あれはまだ年端もいかない子どものときの話だ。正直、結構疲れてしまった。


殿下と一緒にいて慌ただしく入退場したからあまり感じはしなかったが、多くの貴族がここぞとばかりに集まってきていて、凄い人の密集度である。


それに、殿下と一緒に踊った私への嫉妬の視線。

勘違いでなければ、多分私は多くのご令嬢方に睨まれていたのだろう。


そりゃあそうだ。殿下は滅多に会えない美青年。

貴族の子女の使命は家のためにより良い縁談を組むことなのだから、躍起になるのも頷ける。



「休憩室、休憩室……」


とりあえず部屋で休もうと、休憩できる部屋を探しに歩き出した。



宮廷付きメイドなのに部屋の場所を知らないのか、と言われると返す言葉もないのだが一つ言い訳をさせてもらうと、私は今までで一度もここに入ったことがないのだ。


前回王宮でホールを使用したのは6年前。当時メイドになったばかりで12歳だった私はその手伝いをすることを許されなかった。




「流石!アマーリア様ですわ!」


「本当、他の令嬢とは格が違いますわ!」


甲高い笑い声にハッとして前を見ると、向かいから豪華な衣装を見に纏った女性の集団がこちらへと歩いてきていた。




ーーアマーリア様。アマーリア・ファフニアル公爵令嬢だろうか?


隣でおべっかを使う令嬢は緑髪。緑髪の家系は珍しいから、恐らくメディ嬢ではないだろうか。クレディ伯爵家の。




どっちにしろ、男爵家は基本的な爵位の中で一番下のため、端に避けて歩いておく。貴族はこういうのがあるのであまり好きではないのだ。


壁沿いをなるべくドレスの裾を持ちあげて歩いた。



「あっ……」


ーーはずだった。


ドンッと音がして肩に鈍い痛みが走り、ドレスの裾で足がもつれて前へ倒れ込む。


驚いて上を見上げるより先に、頭上からクスクスと笑い声が落ちてきた。



「あら、ごめんなさい。わざとじゃなくってよ」


ドレスとお揃いの真っ赤な扇子を広げて、アマーリア様が笑う。


「まぁ、転んじゃって。……汚らしいったらありゃしない」


アマーリア様の左に立つ茶髪の少女が私を睨みつけた。

その瞳に映るのは、





ーー紛うことなき敵意。


先ほどのワルツのときにホールで私と殿下を見てからきっとわざわざ待ち伏せしていたのだろう。




「ご立派な新しいデザインのようですけど……脱いだ方がよろしいんじゃなくて?あなたにはとても似合っているようには思えませんもの」



そうですわ、もうお屋敷に帰られてはいかが?、とメディ様の言葉に賛同する令嬢たち。



「なんなら、あなたに良さそうなブティックを紹介致しましょうか?そう、とっても古ぼけた……あぁ!わたくしったら!あそこはブティックではなくて古着屋でしたわ!」


「まぁ、クラリス様ったら!この者がいくら古臭くて地味だからって、平民と一緒にするのは可哀想ではなくて?」



私なんかよりも全然可愛い顔をして、鈴のなるような声をして。それなのにこんな暴言を吐くなんて勿体ないと思ってしまう。






ーー彼女たちのコロコロとした笑い声は、なんとも言えない黒さに染まり、ティティアとテリビア、そして殿下のあの優しい笑顔が恋しかった。





「……あら、次の曲が始まるみたい。皆さん、こんな人に構ってないでホールに戻りましょうか」


「そうですわね、きっと殿下もアマーリア様をお待ちしておりますわ!」


満足したのか、キャッキャと笑いながら彼女たちは去っていく。そして去り際にアマーリア様が手にしていたワイングラスを傾けーー



「っ!」



「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまいましたの」




ーーパシャッと少量のワインが青いドレスを赤く染めた。



見た目を重視する社交界で、着ていった服にたとえほんの一部でもシミや黒ずみなどがあるだけで信頼が落ち、すべての貴族からそっぽを向かれてしまう。


そのため、一度汚れると滅多に落ちないワインの汚れはメイドたちの中でもタブーとされてきた。

メイド服にさえ、ワインがついてしまったときはもうその服を諦め新しいものを調達する暗黙のルールがある。


つまりーー




ーーこのドレスはもう、使い物にならない。


瞬間、冷や汗がぶわっと噴き出て、冬でもないのに体温が急激に下がっていく。



このドレスは借り物だ。しかもおそらく王宮のものだろう。それを汚したと知れたら……







「クビ……」


気づけばもう、アマーリア様たちはいなくなっていた。

青ざめつつも、なんとか立ち上がる。


ここで悩んでいても仕方がないのだ。とりあえず急いで使用人の部屋の方に戻れば、何か使える道具があるかもしれない。






ーー精一杯努力して、それでも駄目だったら誠心誠意謝ろう。



目頭が熱く感じたのを気のせいにして、アマーリア様たちが来た方向に向き直った。












「よぉ、久しぶりだな。エステル」






ーーその、声は……この…雰囲気は……。






ざっくばらんな私と同じ茶髪。



つり目の茶眼。





そして、三日月のような弧を描く、口。







「にい、さま……」




ーーまた、ひゅっと喉が鳴った気がした。






五話目もお読みくださりありがとうございます!


次回、この作品で私的に1番の見どころだと思っている部分です!お楽しみに!

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