第三話 とある友人の視点
間が空いてしまいすみません!誰視点にするか迷った末彼女に決定いたしました!
ーー最近、エステルの様子がおかしい。
どこか上の空というか、なんか心ここにあらず、というか。
とにかく、人間完璧ではないがそれ以上に色々とやらかすことが多いのである。
気になってなんかあったのかと聞けば、帰ってきた答えは"悪夢を見た"。
しかし何度本人の顔を見ても悪いことが起こったような顔ではないのである。時々眉根を寄せるが、辛いとかいうよりも悩んでる、迷ってるような顔だと思う。
ちなみにたまに顔が赤くもなる。
今日も今日とてそんな立派な百面相をするエステルと書庫整理をしていれば、また何かを考え始めたようで本を取る手が止まった。
「またそうやってボーッとしていると本を落と」
「あっ」
ーーバサバサッ!とエステルの腕から本がこぼれ落ちた。
「いっ!」
そしてたくさん腕の中に積み上げていた本のうちの一つがエステルの足にクリーンヒット。そのまま痛みでよろけ、となりの本棚に手をつきーー……
「「あっ……」」
ーーゴトゴトッバササッ!!
もう、大量に落ちすぎて本の音じゃない。当の本人はまだ現実を見れていないのか、ごめんといいつつよろよろしている。
そんなエステルを尻目に私ははぁ、とため息をついた。
「……もう、言わんこっちゃないじゃない!」
私はぶつぶつ言いながらエステルが落とした本を拾い、ページが開いたまま落ちた本の中に紙が折れてしまっているものはないかを確認する。
それはもう大量に、本棚の中にしまってあったものまで本が落ちたので、これは確認作業よりも元あったように戻す作業の方が大変そうだ。
「これは大丈夫、こっちも……うん、だいじ」
ーーガタッ!バシャンッ!
「あっ……ごめん、ティティア」
「いい加減にシャキッとなさぁぁい!!!」
今度は窓際に置いてあった花瓶を倒したエステルに、とうとう私の堪忍袋の緒がきれてしまった。
***
「今回はテリビアが後を片付けてくれたから良かったものの、もし賓客の方々がいらしていたりしたらどうなったことか……!」
あの後私たちは、私の叫び声により駆けつけた他のメイドからテリビアに話が伝わり、少しという名の三時間のお説教をくらった。
ちなみに大声を出したことも怒られた。二十分ほど。
それでも半分本を片し終わると残りは私がやるから、とテリビアがお休みをくれ、今こうして私たちは日が暮れ始める空をバックにエステルの部屋で話をしている。
「ごめん、ティティアは何も悪くないのにお説教受けさせちゃって……」
エステルはいつものおさげをほどいた姿でそう言って謝った。あまりにもしょげたその顔に、別にそれはいいのよ、と自慢の赤毛を三つ編みしながら答える。
「私は別に、テリビアに怒られたからエステルに当たってるわけじゃないわ。いつも無駄に元気なあなたが心配で言っているのよ」
私がエステルに会ったのは5年前で、彼女の方がこの仕事の歴は長い。最年少の12歳で宮廷付きメイドになれた彼女の苦悩は底知れないが、出会った当初から年相応に笑い、5歳も離れた私にも平気で接した彼女に悩みがあるなら、力になりたいと思うのだ。
「こんなおばさんのことなんて信用できないかもしれないけど、あんまり思い詰める前に相談くらいしなさいよ?」
私はポケーッとこちらをみつめるその羨ましいくらい澄んだ瞳を見つめ返した。これで話してくれるならそれでよし。まだダメだったら、頼ってくれるようになるまで待とう、と思っていた。しかし、エステルから返ってきた言葉はなんとも異質なものであった。
「私って今、悩んでるの……?」
ーーワタシッテイマ、ナヤンデルノ……?
「……」
予想外の言葉を理解できずフリーズする私とそれを見つめるエステル。ややあってーー
「はぁ!?」
私の口からようやく言葉が発された。
「ちょっとお待ちなさいエステル!自分が悩んでいるのか、ですって!?寝言は寝てから言いなさい!あんなにガタガタ本をぶっ倒しておいてあれがあなたの通常だとでも言うの!?」
「ちょっ落ち着いて!一旦落ち着いてティティ」
「悪夢を見たなら見たで一緒に寝てとか話聞いてとかも言えないわけ!?心配損よ!さっさと今何考えてんのか話なさい!」
そこまで一息で言い切り、静寂が広まった部屋の中で私の息切れが妙に大きく聞こえてきた。ぽかーんとするエステルには申し訳ないがーーいや待て、そんなことはない。私の意見は至極真っ当なはずだ。
これでもししょーもないことに悩んでいたら一喝いれてやろうと、いまだ呼吸が乱れている頭の中で考えていた。
「今、考えていること……?」
エステルはそう言うと、じわじわと頬を赤く染め、いや、そんな大それたことじゃ……と言い出す。
「いいからさっさと相談しなさい。それともなに、私じゃダメだと言いたいの?え?5年も一緒にいて相談すらできないと?」
さっき待とうとか言ったのはもう撤回である。待ってたら絶対拉致があかない。そもそも悩んでいることに気づかない人間とは正直生まれてきて初めて出会った。
「違う!そうじゃないんだけど……」
まだ言い淀むエステルは、再度私に睨まれ悩んだ末、うんうん唸りながらも話し始めた。
「あ、あのさ、ティティアがもし悪夢を見たとして、そのあと誰かに会いたいなぁとか……その……え、笑顔が見たいなぁ、とか思う…?」
ーーその相談で私は全てを悟った。
瞬間、怒りや諸々吹っ飛び自然と顔がにやける。
「えっ、何そのか」
「そうねぇ、もしも悪夢を見たとしたら、私は兄様を思い出すわよ?笑顔を見たい、なんて具体的なことまでは思わないけれど……私は兄様のことが好きだもの」
鈍さに鈍さを混ぜ合わせてさらに後から追加で鈍さを足したようなエステルにも伝わるよう、強調してそう言う。
すると、エステルは呆けた後にみるみるうちに私の髪よりも肌という肌を赤く染め上げた。
「うぇっ!?いや、すき、とかそんなことなっ」
「どんな殿方のことを思い出していたのかしら?」
まぁ、そんなこと聞かなくてもエステルに近づける男性など限られている。彼女の男性恐怖症のこともあるが、もうすぐ6年間の片想いが報われそうなとある人によって、なるべく虫がつかないようにされていたからである。
でもまさか数日でここまで進展するとは思わなかった。なんせそもそも顔を赤く染めるまでに4年かかっているのだ。
3日前テリビアに呼ばれ帰ってきた時からボーッとし始めていたので、これは何かあったな、と私のセンサーが反応する。
「うっいや……ちょ、ちょっとお手あら」
「まだ、話は終わってないわよ、エステル」
ベッドから立ち上がりかけていたエステルの腕をガシッと掴み、鏡を見なくても分かるギラギラとした瞳で彼女ににっこりと微笑んだ。
「名前を!呼ばせてもらって!そのあとキスをしかけたと!」
まぁまぁまぁまぁ!と私は結構な進展具合に胸を躍らせていた。しかもその出来事が印象に残り、嫌な悪夢を見た後に思い出してしまうとは。
それはもう完全に、あの王子の側が心地いいとエステル自身が感じ始めている証拠である。
隣で5年間この恋を見守らせてもらっているが、初めはそれはそれは悲惨だった。
誰がどう見ても執着している王子のストーカー行為にまぁ、エステルが気付かない気付かない。
王子が何を言ってもそうですね、しか返さず、ずっと地面か反対側の壁を見つめているのだから、ちょっとばかしあの王子を哀れに思ったものだ。
四年経ってようやく意識をされ始めて執務にも身が入るようになり、気苦労が減ってきたと兄様が喜んでいたのを覚えている。
段々と開き直り腹黒くなった王子は、エステルが初恋のはずなのにどっかからか技術を学び徐々にエステルを魅了していった。それでもエステルの中でそれが恋だとは思っていなかったらしく、殿下を前にしたら誰だって顔は赤くなるでしょう?と言われたときは、あなたのそれと他の子たちとの心境は絶対違う、と思いっきり言いたくなったものだ。
ーーでも、私は思う。
あのときのエステルに、
あなたは今王子に恋をしているのよ。そして彼もあなたを好いている。だからさっさと付き合って結婚して、王妃になってしまいなさい。
と言っても彼女にはきっと響かなかっただろう、と。
身分差がどうとか、自分なんか好かれない、と記憶の鎖に縛られて、恋というか異性を頑なに拒絶していたのだから。
ーー今がチャンスだと思った。
「き、き……をしかけたとかそういうわけじゃないよ!ただ顔が近づいただけで…!」
エステルは尚も言い訳を連ね、なんとしてでも自分が恋する乙女になったとは認めたくないようである。こちとら、メイドたちも皆知っていたというのに。
わちゃわちゃと訳の分からないジェスチャーをする細くて色白な手をそっと握った。
「エステル、誰にだって恋の自由はあるのよ。自分の思いに正直に生きなさい。それに……好きだっていう気持ちにはね、そう簡単に嘘はつけないものなのよ」
「こ、い…すき……」
ふふっ、と先輩らしく微笑んでやった。
事実、私は恋の先輩だ。あの王子よりも長い、片想いの先輩でもある。
そしてもう一つ、意味深に笑いながらエステルに耳寄りな情報を伝えてあげた。
「明後日の舞踏会、きっととても楽しいものになるわよ」
「えっ…?」
私たちメイドはウェイトレスでしょう?と困惑するエステル。予言…?おまじないなの?とかなんとか言っている隙にドアまで歩いた。そしてドアノブに手をかけそっと声をかける。
「さぁね?あなたの想い人さんと何かあるかもしれないわねぇ?」
ーーパタンッと、無情にもドアを閉めてやった。我ながら完璧な言い逃げである。
人の恋路とはなんとも楽しいものだ。5年間も焦らしてくれたのだからほんのちょっとの悪戯くらい多めに見て欲しい。
ーーきっと舞踏会で、王子とエステルに何かが起こる。
それを楽しみにして、私は眠りについた。
だから、つい私は失念していた。
そもそも王子との話のきっかけには、悪夢があったことを。
三話目もお読みくださりありがとうございます!