第一話
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ーーザッザッザ……と、硬いほうきの音を響かせて、茶色く乾いた落ち葉をかき集めていた。
「ふぅ…」
本日三つ目の小高い丘を作り終え、大して汗の流れていない額を気分で拭う。
秋も中旬の昼下がり。宮廷付き侍女である私ーーエステル・クランヴィカは、王宮の西の庭園を掃除していた。
「もう少し、かな」
隣を見上げれば、まだまだ沢山の葉を茂らせる木々が目に入り、どうやらもう少しここの担当は続きそうだと内心苦笑した。
自分は一応貴族の娘だが、貴族の範囲にギリギリ収まっているちっちゃな男爵家の上に、8人家族だから食費が嵩んで貧乏。そのため、実家では5人の弟妹の面倒を見つつ、領民とともに畑仕事に励んでいた。
だからこそ、掃除や水仕事に抵抗はなく、貴族の子女にしかなれない宮廷付き侍女の中で、ティータイムの準備よりみんながやりたがらない雑用の方が任されることが多かった。
秋も終わりに近づくこの時期は、ここの掃き仕事ばかりをしている気がする。
もちろん嫌いじゃないし、どっちかっていうと腹の探り合いやおべっか、礼儀作法なんかは得意ではないのでむしろありがたい。
そうして、特に苦労もなくかれこれ6年間この仕事にはお世話になっている。
「だけどーー……」
ちらりと噴水の方を盗み見れば、今日も今日とて同僚の侍女達がきゃあきゃあと女子会を開いていた。そこから風にのって聞こえてきた内容に、人知れず溜息をつく。
ーー私には今、一つの大きな悩みがある。
噴水の周りで、侍女たちが何やら興奮した様子で話していた。
「私、先日たまたま見てしまったの。畏った礼服の下に隠れた、ビスクドールのように美しい腕を…!」
ーー途端、きゃあ!と小さく悲鳴が上がる。
「羨ましいですわ〜!ビスクドール……私も一度でいいから生で見てみたい!」
癖のある金髪を一つにまとめた侍女が、興奮した様子でそう声を上げた。別の侍女も、頬を蒸気させて話に乗っかる。
「私も前にちらりと見たのだけれど、それはもう、程よく筋肉もついていらして、女性顔負けの白さと細さでしたわ!」
「お顔も雪のように真っ白ですべてのパーツが美しく、立っているだけで絵になりますものね!」
そうしてあっという間に、堰を切ったように皆口々に喋り出した。
実際に絵を描いた画家はその美貌に耐えきれず鼻血を出して倒れた、とか、社交界でその姿を見た女性たちが全員もれなく気絶した、等。
それらは全て噂話ではあれど、侍女達はそれはそれは楽しそうに会話に花を咲かせる。
それから少しして、会話のテンションも落ち着いてきたころに緑髪の侍女があっ、と声を上げた。
「そう言えば前、ここらへんを担当する庭師に聞いた話なんですけど……5年くらい前から突然、今ぐらいの時期になるとよく王太子殿下を見かけるようになったとか」
「えぇ!?なにそれ初耳だわ!明日も来てみたら会えたりして!」
ーーきゃあぁぁ!!と、本日最大の叫び声が響いた。もちろん興奮故の。
「それから何度もここに通って何度も出会っちゃったりしたら……」
「顔を覚えてもらえて、いつか名前も呼んでくださったりして〜!!」
もしかしたら恋人みたいな関係になったりして!?結婚を申し込まれるかも〜!!と、各々が妄想を広げ、中には性癖が見え隠れしている者もいる。
「へぇ〜、侍女たちも結構凄いこと考えてるんだね?」
ーー本人がすぐ近くで聞いているとも知らずに。
思ったよりすぐ隣で聞こえてきた声に、焦らずゆっくりといつもと同じ手順で礼をとった。
「おはようございます、第一王子殿下。本日もご機嫌麗しくーー……」
「堅苦しいのは好きじゃないって、何度言えばわかるんだい?エステル」
「っ……!」
お辞儀をして草ばかりを写していた視界に、突如としてキラキラな王子スマイルが入り込んだ。
びっくりして2、3歩後ずさってしまう。
「で、殿下!お辞儀をしている侍女は限りなく無に近いので
、急にその無駄に眩しい笑顔を差し込まないでください!」
急に早くなった動悸を押さえつけながらそう言った。
心なしか頬が熱く、パタパタと仰いでしまう。
「無なんだ、通りで皆切り替えすごいと思った。……けど、エステル。君はもう慣れたって言ってなかったっけ?こうして会うようになって5年も経つから」
勝利を勝ち誇った顔で小首を傾げる殿下に、私はうぐっと言葉に詰まる。
ーー言った、確かに私はそう言った。殿下が何度もからかってくるものだから、ついイラッときて言ってしまったのである。実際、慣れてなんていない。他の侍女たちにさえビスクドールと讃えられる人並外れたその美貌に、私のような一般人が慣れるはずがないのだ。
しかし、黙っているのも見栄を張ったことを肯定をするように思えて癪である。もういっそのことこうして通してしまえと侍女にあるまじき、ふんぞりかえった姿勢で早口で捲し立てた。
「っ言いました!さっきのは他の侍女にやらぬよう忠告です!勿論私は5年も経つのでもう慣れていますから…!」
「ふぅん、じゃあ、5年も経つんだからもうそろそろ名前で呼べるよね」
ーーそうして気づいた。嵌められたんだと。
「殿下っ」
「フィーリ。今日こそは言うまで帰さないよ、エステル」
殿下はにこりと笑ったまま、決して退こうとはしなかった。
「わ、私のような一般人がお名前をお呼びするなど、恐れ多いことでございます」
「僕に気に入られてる時点で君はもう一般人じゃないよ」
ほうきを持ったまま一歩下がれば、殿下も一歩進んでくる。その上眼力のすごい笑顔でにじり寄ってくるので、背中に冷や汗が流れた。
ーーフィーリト・エン・デーディル第一王子殿下。
デーディル王国の唯一の王子のため、実質は王太子である殿下は、侍女たちの言葉を借りるなら、ビスクドールのような端正な顔立ちをもち、金髪碧眼長身という正に絵本から出てきたような容姿の、完璧な王子様だ。
しかし、私の大きな悩みの原因はこの殿下にある。
「さぁ、エステル。逃げ場はどこにもな」
「フィーリト殿下っ!!」
とうとう壁まで追い詰められたそのとき、建物の向こうから聞き馴染んだ叫び声が聞こえた。
これは決して興奮によるものではない。れっきとした怒りゆえのものだ。
「レンロード……良いところなのが見てわからないのか」
殿下は私の顔の横に手をついたまま、ため息をついた。
「またそうやってエステル様をストーカーして!いずれ殿下が牢屋に入れられることになりますよ!」
その男ーレンロード・ハクラインは、殿下の優秀な側近である。心なしか、赤髪が怒りで逆立っているように見えるその姿に、私はほっと息をついた。
このように5年前から何故か第一王子ともあろう人に言い寄られるようになり、初めはすれ違うとよく話しかけられるくらいだったものが、いつからか、一人になった瞬間どこからともなく姿を現すようになった。つまりーー……
ーー彼は私のストーカーである。
私のこの平穏なメイド生活の唯一の悩みがこれだ。
ずばり、5年前から執拗に付き纏うストーカー王子について。
第一王子という肩書きを持っている以上、最初からここに居たんだと言われてしまえばそれまでで、私がストーカーされていると感じるだけではストーカーの証拠にはならない。
王子が度々執務を抜け出していることに気付いているのも、王子を四六時中見張っていなければいけない側近や護衛たちくらいだ。
その上このストーカー、口も上手い。
ー数日前。
「あの、殿下。好意を寄せていただけるのは大変嬉しいのですが、ストーカー行為はやめていただけませんか」
今までにもそれとなくやめてほしい旨を伝えてきていたが、気づけば違う話にすり替わっていて一向に変わることがなかった。そのためその日は、思い切ってはっきりと直談判することにしたのだ。
殿下は一瞬きょとん、となった後にゆっくりと口を開いた。
「本当にやめていいの?だって僕が居なかったら、エステル今頃大怪我で生きてなかったかも知れないよ?」
その言葉に、今度は私がきょとん、となる番だった。その隙に、殿下の話が続く続く。
「忘れちゃったのかい?じゃあ言うけど、まずは5年前。
先輩メイドたちのいじめの一環で三階のベランダから花瓶を落とされたよね。僕が後ろをつけてなかったら今頃君の頭は真っ二つだ。
次に4年前。大扉前の階段を踏み外して落ちそうになった君を助けたのはどこの誰だったかな。割と上の方で躓いていたから、あのままだったら良くて複雑骨折だったんじゃない?
次は3年前。これは君だけの問題ではなかったけれど、友だちと町へおりた先で誘拐事件に遭って、危うく売られかけた君とその友だち、ほかに捕まっていた女の子たちまで助けられたのは一体誰のおかげだったんだろうね。
奴隷商売の親玉まで引っ張り出して奴隷販売数を激減させるなんてことは、君たちにはできないことだ。
続いて2年前。平和協定を結ぶ隣国の王女が来国したとき、王女が失くしたネックレスを探してーー結局は自作自演だったが、森の中で彷徨っていた君を、いつも追いかけていた僕だったからこそ介抱できた。
雨に降られても探し続けていたから、君は高熱を出して3日もうなされていたんだよ。
そして最後、1年前だ。使用人たち用の宮で、火事が起こったよね。そのとき君は中に取り残された最後の侍女の一人を助けに火の中に突っ込み、その子を窓から出した後、今度は君が火の中に取り残された。
あの日はさすがに肝が冷えたよ。君に会いに執務を抜けた僕の護衛に、水を使える魔法使いがいて本当に良かった。幸い大きな怪我をしていなかったから良かったものの、二度とあんな危険な真似はしてはいけないよ。分かった?」
言い切ってグイッとこちらに顔を近づけた殿下の勢いに気圧されて、気づけばこくこくと頷いていた。
「は、はい……お、お世話になりました…?」
ーー回想終わり。
今改めて考えると、年に一回何かしらの命に関わる事件が起こってるって、私は一体何者なんだろう。なんか悪い憑物でもついているのだろうか。
ーー実際、殿下の言ったことは全て事実である。
本当の本当に、危ないところを殿下に助けていただいているのだ。でもそれとこれとは違うというか……。
毎日毎日顔を合わせるのは、ちょっと寿命が縮む。主に何故か動悸が早くなるせいで。
「あぁ、もう分かった、分かったから。今は執務に戻る。それでいいだろう?」
話が纏まったのか、そっと顔をあげれば言い合いをしていた殿下が不服そうに髪をかきあげていた。その姿も無駄にキラキラしているので、直視はせずちゃんと視界の隅でとらえる。
「はい、それでいつもの十倍片付けてくだされば、もうどこに行っても構いませんので。但し王宮の外には出かけないでくださいね、殺されますよ」
ーー分かってる、と殿下がそっぽを向きながら答えた。
どうやら、今朝のところはレンロード様の勝利のようである。今朝のところは、心の安寧を保つことができそうだ。
ほっとしていると、急に殿下がこちらに駆けてきた。
急なことで反応できず、間近でキラキラスマイルをくらってしまう。
「エステル、また昼に会いに行くね」
ーーまた後ろに立っているから。
そう告げると、殿下は私の茶色い三つ編みをすくってちゅっと口づけた。
「っ!」
ーーでんかが、わたしの……私の髪にっ!?
あまりの出来事に放心している私を置き去りに、殿下はじゃあね、と去って行ってしまった。
殿下が見えなくなってから、ぼんっと頭がショートしたのを感じ、へなへなとその場に座り込む。
「……い、いってらっしゃいませ…」
真っ赤になっているであろう頬に手を当てながら、まんまと殿下にしてやられた私ができることは、蚊の鳴くような声でもう見えなくなったその背中に小さく声をかけることだけだった。
このままではいけない。このままでは本当に私の心臓が死んでしまう…。
誰かーー……
ーー誰か、このストーカー王子を撃退する方法を教えてください。
できるだけ、早急に。
最後までお読みくださりありがとうございました!
なるべく間をあけないよう、最終話まで投稿していきたいと思います!