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《中編》隊長という人

 隊長を前に緩やかな坂を進む。どんな場所どんな状況でもそれは変わらなかった。先頭は隊長。他の騎士たちは私を囲むような隊形だった。端から見れば聖女を守っているように見えただろう。だが実際は一般市民との接触を制限するためだった。


『では説明を続けますね』


 頭の中に女神の声が響く。


「まだいたのですか?」と隊長。やや驚いているようだ。珍しい。

『まだ話は終わっていません』

「何故消えたのですか」

 隊長の声に私もうんうんとうなずく。

『そこから先はわたくしは入れないのです。加護を与えることはできるので、魔物にみつかることはありません』

「それは助かる。攻撃されたら私では対抗できない。それで、説明とは?」


 隊長は、女神が現れるのが遅れたせいで死にかけたことに、文句はないのだろうか。

 死んだ後の世界なのにまた死ぬなんて、おかしな話だけど。梁の下敷きになったのならば、苦しかっただろう。それなのに本来なら体験しなくて済んだ、腹を穿たれるなんて苦痛も味わされたのだ。


『フランカ。あなただけに語りかけています』頭の中に響く女神の声。『彼はあなたにジャンの遺髪を手渡しできたことに、満足しています。そしてあなたを救う機会が与えられたことにも。あの程度の苦痛なぞ、自分があなたに与えた苦痛に比べればそよ風程度と考えていますね』


 もしやあなた様はわざと遅れたのですか。


 声に出さずにそう問いかけたけれど、返事はなく、代わりに

『事の始まりはこの国の王子の蛮行です』との説明が始まった。


 足元は私の時代と変わらない野花が咲き、風に揺れている。穏やかな光景と、魔王とか蛮行なんて言葉が噛み合わない。


『前魔王が竜の姿で休んでいるのを旅の途中に偶然見つけた王子は、自分の強さを誇示するためだけにその首を落とし、城に持ち帰りました。《辺境の民を苦しめていた邪竜を討伐した》と言って。その嘘を信じた王と人々は、王子を英雄と讃え熱狂しました』


「それが事実ならば、酷い話だ」と隊長。風に揺れるマントは背中のあたりが血に染まっている。


『事実です』と女神。『当然魔族は怒り狂いました。彼らは人間から見れば悪しき存在かもしれませんが、彼らには彼らなりの存在理由があり、人間への干渉はしていなかったのです。最も嚇怒したのは魔王の父親です。彼は老齢のため娘に地位を譲り、長い眠りについたばかりでした』


「娘」と隊長が呟くのが聞こえた。


『娘を惨殺されて怒らぬ親がいますか?彼は再び魔王となり、人間の皆殺しを魔族に命じます。事実を何も知らない人間たちからすれば、魔王と魔族は絶対悪となりました。王子は再び自分の力を誇示できる機会だと喜び仲間を揃えて、魔王討伐に向かいました。魔族は強くはありますが、それまでは戦ったことはなかったのです。チームプレイの前にあっさり敗れ、魔王もなぶり殺されました』


「なぶり……」


『ええ。だから呪詛する時間があったのです。一撃で倒していたら、そうはならなかったのに。わたくしは手を尽くしましたがどうやっても王子は魔王をなぶり殺すのです』

「……それが今の王の祖先なのですか」隊長が苦しげな声を出す。

『そうです。無論、前魔王が殺されないなどの手も打ちましたが、ダメなのです。あなた方に期待するのは、魔王の説得です』


「呪詛をしないようにですか?」と尋ねる。

『それでもいいですし、人間への攻撃を止めるようにでも構いません。彼らは今、決起集会をしています』

「集会!?危険ではありませんか!」隊長が叫ぶ。「私ひとりで行きます!」

『彼女には危険はありません。聖女の光に魔物は近寄ることができないのです』

「力を使わせたくありません」

『あなた方はいずれ消えます。力を温存しても意味はないのです』

「それでも」


「隊長」マントの端を掴むと彼は足を止めて振り向いた。「私は私を救いたい。この絶好の機会を私から取り上げないで下さい」


 兜の奥の瞳がじっとこちらを見ている。

「そのために私は過去の世界に生き返ったのでしょう?」

「……分かった」

 吐息なのか返事なのか判別つかない音を出して、隊長はくるりと前を向いた。離したマントがひらりと揺れる。


『わたくしに出来ることは、あなた方に話しかけることと加護を与えることだけです。武運を祈ります』

 では、と女神は言った。説明は終わりで一旦は去る、ということだろうか。


 黙々と歩く隊長。後に続く私。のどかな光景。


「……隊長」

「なんだ」

「さっき、言い訳はしないと言ってましたけど、この際だから教えてくれませんか」

「……何を」

「白騎士とは護衛ではなく監視役ですよね」

「……そうだな」

「騎士はみな、それを知った上で任務につくのですか?聖女が命を消費していることは?ジャンは知らなかったようでしたけど」


 沈黙。

 かなりの時間が経ってから、全てを知って任に着く、と低い声がした。


「騎士の間で、白騎士は精神的に過酷な仕事だとの認識されている。だから白騎士を10年勤めあげれば、高い地位と金一封を得られることになっていてな。庶民出でコネのない騎士が志願するよう仕組まれているのだ」


 ジャンは地方の小さな町の出身だと話していた。


「時々ジャンのように、単純に白騎士に憧れて志願する者もいる。だけれど採用されたら、終わりだ。聖女の秘密と本当の任務を知らされる。それらの他言、任務違反は死罪、累は家族にも及ぶ」

「死罪?ジャンはそれを知っていたのですか?」

「勿論だ。だが逃げ切れると信じていたのだろう。私の態度が甘かったのかもしれない。見逃してもらえると考えていた可能性もある」


 目の前で血が染み込んだマントが揺れる。


「あいつは純粋だったからな」


 なぜだか急に不安に駆られた。

 あれは本当に恋だったのだろうか。ジャンは憧れだった、聖女を守る騎士になりたかっただけなのではないだろうか。私は自分を逃がしてくれる手にすがりたかっただけではないだろうか。


「フランカは強い」

「どこがですか。私は逃げました」

「聖女の多くは寿命を迎える前に自ら命を断つか、正気を失う。予め何も教えないのはその対策でもあるのだ。寿命で死ぬ聖女も、大抵は浄化の手を抜こうとする。少しでも長く生きるために。だけど君は足を切られてなお、狂うこともなく力を最大限に使い続けた。滅多にないことだ」

 それを強いと言うならば、そうなのだろう。私は人生を無駄なものにしたくない意地だけで、二年間を過ごしていただけだけど。


「隊長は何年ぐらい白騎士をしているのですか?」

「もうすぐ10年だった。だが死んだことに後悔はないぞ」

「何歳ですか?」

「三十」

「案外若かったのですね。もっとおじさんだと思っていました」

「そんなものだ。私も二十歳のときは三十歳の騎士を、役立たずの中年だと思っていた」


 思わずくすりと笑う。私たちはこんな会話をしたことなどなかった。二年も一緒にいたのに、この人のことを何も知らない。


「私は二十歳です」

「知っている」

「話しましたっけ?」

「基本情報は把握している。出身地に近づけさせない、などの決まりがあるからな」

「そうして聖女は家族にも友達にも知られることなく死んでいくのですね」

「……そうだ」

「隊長。最期に手を握ってくれていて、ありがとうございました。ひとりでないって、心強かったです」

「……私なんかの手で済まなかったな」


 なんとなく手を伸ばし、再びマントの端を掴んだ。隊長は気づかない。ふと、すがるものがあることにどれ程安心するか、この人は知らないのかもしれないと思った。


 隊長なのだから仲間を殺すことも聖女の足を切り落とすことも、自分の手で行わずに部下に命じればよかったのだ。隊長としての責任感なのか、部下思いの優しさなのかは知らないけれど、女神の言う通りに愚かな人なのだと思う。


「しかし全く魔物がいないな。加護のおかげなのか?」

『元よりこのあたりにはいません。城に門番はいますが、敵襲という概念を持っていませんでしたからね』女神の声。

 去っていなかったらしい。

「先ほど現れたのは?」

『決起集会に向かっていた者でしょう』

「なるほど。ならば人間の存在に城は気づいているはず。何故私たちを殺しに出て来ないのだ?」

『魔王はあなた方が城に来ると分かっているからです』

「ふむ。ちゃんと考えないと、話を始める前に殺されかねないな」

「聖女の光の力は魔王にも有効ですか?」

『有効です』

「それならば危なそうでしたら、私が守ります」


 隊長が足を止め、振り向く。また、力を使うなと言われるのだろうか。


「では、頼む。心強い」

「はい」

 信頼された。対等に扱われたようで、嬉しい気持ちが湧き上がる。

「……なんでマントを掴んでいるのだ?」と隊長。

『不安だからでしょうに』呆れたような女神の声。

 そんな人間くさい声も出せたんだ。


 隊長はわずかに手を出したものの、引っ込めた。

「それで良ければ、好きに掴んでいるといい」

 さっき立ち上がるときは手を貸してくれたのに、今回はどうして差し出すのを止めたのだろう。


 再び黙々と歩き始める。

 しばらくすると隊長が

「門が見えてきた。確かに番人がいる。に……とう?ふたりか?」と言った。

 彼に並び立ち見ると、確かに人型に近い魔物が立っている。が、門は堂々と開いていた。


『彼らに気がつかれることはありませんから、そのまま通り過ぎて下さい』

「それは他所の城を尋ねる礼儀として、どうなのだろう」と隊長。「そんな不行儀な者の言葉に魔王は耳を傾けるだろうか」

『……』

「……隊長」

「なんだ」

「真面目ですね。さっき殺されかけたばかりですよ」

『怖くないのですか』

「怖いが相手が人の王ならば、そんなことはしないではないか」

「そうですね。では門番にきちんと来訪を告げましょう。危険があれば、私が守ります。殺すならばせめて魔王の前でと懇願もしましょう」


『これは始めてのパターンです。結果が予想できません』と女神。

「あなた様の言う、『勝機』になるかもしれませんね」と言うと、隊長が笑ったような気配がした。

「だから君は強いというのだ。騎士でも大方は、無難にいつものパターンを選ぶぞ」

「私は騎士の考えは分かりませんし、一度死んでいるし、また生まれるらしいですし。何でもどんと来いですよ」


 くくっ、と隊長が声を立てて笑った。初めて聞く。

 いや、この人の笑顔など見たことがない。

 私も白騎士たちに笑顔を向けたのは、聖女になったばかりの頃だけだ。


「だけど隊長。私は強くありません。一番恐ろしいことから目を背けています」

「……ひとつぐらい、そんなものがあっても構わないのではないか」

「それでは、胸を張って隊長の隣に立てません。私は背中に隠れるのではなく、隣に立って魔王城に入りたいです」

「私としては隠れてほしいがな」ため息。「君がそうじゃない娘だと知っているから、言うだけムダなのだろうな」

「その通り。だから、尋ねます。嘘をつかずに正直に答えて下さい」口の中がカラカラに乾いている。「……ジャンの家族はどうなったのですか?」


 任務違反は死罪で、累は家族にも及ぶ

 隊長はそう言った。


「知らん。本当だ。私は知らされる立場にない。ただ噂だと家族の家の扉に、『任務違反により死罪となった騎士の家』と焼き印を押されるらしい」


 そんな印をつけられた家族が、そのコミュニティでどんな扱いを受けるかは、想像に難くない。ましてやジャンの実家は地方の小さい町にあるのだ。


「家族にまで及ぶなんて、失言だった。すまん。だが君は知らなかったのだ」

「知っていたとして、逃げなかったかどうかは分かりません。私は死にたくなかった。そんなのはただの脅しに過ぎないと自分を誤魔化したかもしれません。だから、がんばって魔王を説得しましょう」

「……ああ」

『その意気です』と女神。


 行こうかと促され、再び歩き始める。少しだけ悩んで、結局隊長の後ろを進んだ。この人の背中を見るのは、これが最後だ。


 もっと沢山話したかったような気がする。笑った顔も見たかった。家族がいるのかとか、なぜ騎士になったのかとかも知りたかった。

 どうして死体の私を守ってくれたのかも、聞きたい。真面目だから?隊長の責任感から?


 私はなんでそれを知りたいのだろう?


 もう少しだけ、こうしていたい。


 だけれど私たちは門前に到着していた。二本の足で立つ人型の魔物は、獣の頭をもち、人間の倍の大きさだった。片方は手が八本。もう片方は半裸で身体中に目がある。

『加護を解きます。気をつけて下さい』女神の声が響いたと思ったら、魔物たちがこちらを見た。


『人間!?』

『いつの間に!』

 彼らも脳内に語りかけてくるタイプらしい。


「魔王様にお目通りを願いたい。重要な相談事がある」

 隊長が臆することなく声を張り上げる。私はマントを離すとその隣に並んだ。

「お願いします。人間ではありますが、どうか取り次ぎを」


 顔を見合わせる魔物。ふたりだけで会話をしているようだ。

『いやいや人間だ。信用できん』

『前魔王様の寝込みを襲う卑怯な種族だ』

「信用していただきたいから姿を表した。消えたままここを通ることもできたのだ。突然目の前に現れただろう?」

 再び顔を見合わせる魔物たち。


 私たちには分からないが、何かしらの結論が出たようだ。

『特別に許可が降りた。ただし少しでもおかしな真似をしたら、すぐに食い殺す。分かったな?』

「かたじけない」と隊長。

 うまくゆき、ほっとする。


 と、城の中から四つ足のどこが顔なのかも分からない魔物が出てきた。

『ついてこい』





 そうして通された大広間には、想像を絶するありとあらゆる形をした魔物であふれかえっていた。だけれどその玉座にいた魔王は、背中に翼、トゲつきの太い尾がある以外は、人間の老人にしか見えなかった。


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