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第5話 魔術《全力疾走》

「さて、今回の授業はここまでだ。俺が片付けておくから、みんなは先に戻るように」

「ありがとうございました!」


 グラウンドでの射撃訓練が終わり、教え子たちはエドガーに辞儀をする。

 彼ら全員が校舎に戻ったのを確認した後、エドガーは大きく息を吸って吐き出した。


「さーてと、やりますか」


 エドガーは50メートル以上離れた的に向かい、全速力で走る。


 地面を蹴る時に魔力を込め、強く反発させて推進力を得る。

 自身が生成した追い風によって、更にスピードを上げる。

 そして重力制御魔法を自分に用いて、上方向の移動を抑える。


 魔術の多重制御により、エドガーは50メートルの距離を一瞬で駆け抜けることが出来る。

 見る人が見れば、突風が吹き荒れたように見えることだろう。


 そうして的や小道具を回収して倉庫に戻し、後片付けは瞬く間に完了した。


「ふう……」

「──随分と面白そうなことをしているのね、エドガー先生は」

「うわっ!?」


 一息ついているところに、エドガーの右隣から女の声が突然聞こえてきた。

 驚きつつも振り向くと、そこには教え子たるルイーズが立っていた。


「びっくりした……校舎に戻ったんじゃなかったのかよ」

「ええ。校舎に戻って、昇降口から先生の様子をこっそり見てたの」

「覗き見とは随分趣味が悪いな」

「あんたに言われたくないわよ、この変態!」


 エドガーは「しまった」と思い、思わず両手で手を覆っていた。

 彼は自分のことを棚に上げて、失言をしてしまったのである。


 今朝エドガーは間違えて女子更衣室に入ってしまい、自分が覗き見する羽目になってしまった。

 しかもそれをすぐに謝らず、《設定》を用いて切り抜けようとした。

 いくら故意ではないとはいえ、そんなエドガーに人のことをとやかく言う資格などなかったのだ。


 ルイーズは柳眉を逆立ており、赤い目をギラつかせている。

 綺麗な顔が台無しだと思いつつ、エドガーは必死になって宥めた。


「──まあいいわ。それよりさっきの走り、とても速かったわね。魔術を使ってたの?」

「そうだな。風と重力制御の応用だ」

「でもそれじゃ、体力が追いつかないんじゃない?」


 そう、ルイーズの指摘の通りである。


 常人がエドガーの真似をすれば、筋肉の大半が断裂してしまう。

 エドガーは重厚な鎧をまとった状態で長時間ジョギング出来るほどの体力を持つが、そのような魔術師は希少だ。


 また、痛みと酸欠に耐えきれずに、魔術を中断してしまうケースもあり得る。

 魔術行使にもっとも重要なことは「精神状態の安定」であり、常に魔力制御に意識を集中するか、あるいは無心でいることが求められる。

 痛覚などの余計な部分に意識を向けてしまうと、複雑な魔術の構築が出来なくなるのだ。


 だが、それを全部ルイーズに説明することはしない。

 この話題は、女の子に話すにはあまりにもグロテスクだ。

 エドガーは努めて明るく、彼女に返事をする。


「ああ、かなりキツイ。絶対に真似するなよ? ──この罪深い魔術を行使すれば、神罰により体中の筋肉が(うず)いてしまうからな……」

「え? ええ、真似しないけど……っていうか、なんでそんなに得意げなの?」

「フッ……やはりお嬢さまには、言葉の持つ《魔力》が理解できんらしい……」


 エドガーはいちいちルイーズの冗談に怒ることなく、堂々と振る舞う。

 そんな彼を見て、ルイーズはむしろ呆れたような表情を見せていた。


「っと、そろそろ更衣室に行って着替えた方がいい。遅刻するぞ」

「更衣室……! もしかしてあんた、また私の着替えを覗く気!?」

「私はかつて聖職者だった男──そのような愚行を犯すはずがない」

「犯してたじゃない!」

「あっ……あの、言い出しっぺの俺が言うのもなんだけど、『犯す』とかあんまりそういう言葉を女の子が使わないほうが……」

「え……あっ!」


 流石にマズいと思ったエドガーは、とても申し訳無さそうに言った。

 するとルイーズは顔を赤面させ、「あう……」と呟いて沈黙する。


「せ、先生と一緒にいるとなんか調子狂うわ……それじゃ」


 ルイーズは慌てた様子で校舎に向かって走った。


 振り乱された美しい銀髪。

 そして、怒られずに済んだという安堵。


 エドガーは心の底から溜息を漏らしていた。


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