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第2話 女子更衣室と《封印されし邪竜》

「えーっと……更衣室は確かこの辺だったか」


 エドガーは次の実技の授業のため、スポーツウェアに着替える必要がある。

 そのため更衣室を探しているのだが、なにせ彼は今日赴任したばかりである。

 一応、先輩教師から場所だけは聞いてあるが、それでも校舎は広いため迷ってしまったのだ。


「おっ、あったあった」


 エドガーはついに、「……更衣室」と書かれているプレートを見つけた。

 文字がかすれているようにも見えるが、一刻も早く授業の準備をしなければならない彼は、これも天啓だと思って引き戸を開けた。


「──え?」

「うそ、エドガーさん……」

「いやっ……」

「あらー」


 白、黒、ベージュ、ピンク、紫──その数は10。

 エドガーの目には色とりどりのナニかと、白くて綺麗な肌が映っている。

 更に、「うそ……なんで男の人がここに?」というニュアンスの女声が、何故か聞こえてきた。


 エドガーは「うおおおおおおっ! (やべっ、覗いちゃった!)」と心の中で叫び、今後の対策を考える。

 否、考えている暇などない。


 彼は覚悟を決め、右腕を左手で押さえる。


「──なにっ!? くっ、うぐあああっ! 《邪竜》め、俺に何をさせるつもりだ!? 鎮まれ、俺の右腕ッ!」

「──はい?」


 お着替え中だった女生徒たちは一様に、エドガーを胡乱(うろん)げに見ている。

 エドガーは彼女たちの反応を見てなにかを悟るが、今更やめるわけにはいかないと、道化を演じ続ける。


「くそっ! 《封印されし邪竜》め、俺が与えた供物では満足出来ないとでもいうのか。無垢なる少女たちの純潔を奪おうったって、そうはいかないぞッ!」

「あのー、もしもし? 頭、だいじょう──」

「近づくなッ! 今俺に近づけば、暴走したドラゴンの力がお前たちを侵食──アアアアアアアアッ!」


 エドガーは必死に頭をかきむしって体をうごめかせ、錯乱したように見せかけた。

 女生徒たちはなにかを言いたげだったが、そんな彼に気圧されているのか、何も言えずにいる。


『ハア……』


 そしてついに、エドガーは恍惚とした溜息を漏らす。

 無論それは、女生徒の下着姿を見て興奮したわけではない。


『──カカカ……ようやく(わし)に屈しおったか。愚かな人間め、最初から素直に儂を受け入れておれば楽に死ねたものを……』


 エドガーはしわがれた老人のような声を作り、独り言を呟いて威圧させる。

 これで女生徒たちは、彼が「なにか」に人格を乗っ取られたと錯覚するだろう。


『じゃが幸い、この器は魔力が横溢しておる。それだけでも良しとしよう──また(まみ)えようぞ、小娘共。次に会った時は儂と五分(ごぶ)に渡り合えるよう、己の魔術を十分に鍛え上げるが良い……クカカカカカッ!』


 呆然と立ち尽くしている女生徒たちに、エドガーはいやらしく笑って別れを告げる。

 戸をそっと引き、閉め切る直前──


「ちゃんと謝りなさい、この変態ッ!」

「──えっ!? うわっ!」


 エドガーは銀髪の少女──黒の下着姿が大人っぽくてイイッ!──に腕を掴まれ、何故か女子更衣室に吸い込まれた。

 戸が勢いよく閉められ、大きな音が部屋中に鳴り響く。


 目の前には10人もの女の子たち。

 彼女たちの大半は恥じらって身体を縮こませているが、そんなことをされたら余計に視姦したくなる。

 中にはワイシャツで上半身を隠すものもいるが、むしろ生足を強調する結果となり蠱惑(こわく)的だ。

 教え子たちはスタイル抜群だったり、幼児体型だったりと、十人十色でエロい。


 ──漢エドガーは、断じてそのような浅ましい欲望を抱いていない。

 なぜなら彼はとても勤勉な教師──といっても授業初日だが──だからだ。


 それに彼は神学校を経て性職者……いや聖職者になった男。

 青春時代を禁欲的に過ごしてきたので、性欲については理解に苦しむ。


 あっ……この更衣室、めちゃくちゃいい香りだな。


「ねえ先生、どうして謝ってくれないの? 謝ってくれたら笑って許してあげたのに──みんなもそう思うわよね?」

「そ……そうだよっ! 誰だって間違えることはあるけど、誤魔化しちゃいけないんだよっ!?」

「もしかしてー、本当にわざと覗いたんですかー? きゃー、ひどーい」


 次々に投げかけられる、エドガーへの糾弾。

 《設定》が裏目に出たことに気づいた彼は、とうとう地面に手をついた。


「間違って入ってごめんなさい! 誤魔化してごめんなさい! うああああああっ!」


 エドガーは土下座した後勢いよく立ち上がり、男子更衣室を求めて全力疾走した。


 やべやべやべえッ! このままじゃ遅刻確定だ!

 初っ端から遅刻なんて、教師のやることじゃねえっ!


 エドガーの頭の中は授業のことと、そして女生徒の下着姿や芳香でいっぱいだった。



◇ ◇ ◇



「あーもう! なんなのよ、あの教師!」


 教師エドガーが去った後の更衣室にて、少女は一人毒づく。

 彼女は黒い下着を急いで隠すように、手早く着替えた。


 彼女の名前はルイーズ、先程エドガーを更衣室に引きずり込んだ張本人である。


 最初、エドガーが更衣室に踏み入った直後までは、ルイーズは彼に対して怒りなど感じていなかった。

 どうせ間違えて入ってきたのだろう、謝ってくれるなら許してあげようと、本気で思っていたのだ。


 しかしエドガーが多重人格者を装おうとした瞬間、彼女は我慢できなくなった。

 それでついカッとなって、彼を更衣室に引っ張って閉じ込めてしまったのだ。


 今思えば、あの行為は自殺行為も同然だった。

 男一人を女子更衣室に監禁するなど、みすみす相手を悦ばせるだけではないか。

 その証拠に、エドガーの表情は愉悦と快楽に満ちていて、教師や聖職者にあるまじき目をしていた。


 そもそも、彼が聖職者だったという事自体疑わしい。

 彼は自分を「元異端審問官」だと名乗っていたが、それは絶対にただの《設定》だ。

 第一、彼は20歳くらいと若く、6年も異端審問官をやっていたとは思えない。


 ルイーズは己の行為を恥じて赤面するとともに、心の中でエドガーを非難する。


「ル、ルイーズさま……エドガーさんを許してあげて……? 最後はちゃんと謝ってたでしょ……?」

「なんであんな変態の肩を持つのよ!」

「ひっ……! あ……あのっ! じ、実はエドガーさんとは知り合いなんです……」

「そうだったのね……あっ、ごめんなさい、アリス! 大きな声を出して」

「い、いえ……大丈夫です」


 クラスメイトのアリスが、綺麗な碧眼を潤ませながらビクビクと震えている。

 どうやら自分は周囲を不快にさせていたようだと、ルイーズは反省した。


 それにしても、あの変態教師エドガーがアリスと知り合いだったとは、ルイーズは思ってもみなかった。

 あの時何故アリスに声をかけたり助けを求めたりしなかったのか、不思議で仕方がない。

 彼女のことが見えていなかったのだろうかと、ルイーズは思案していた。


 深呼吸をしてなんとか気分を落ち着かせ、クラスメイトたちに問いを投げる。


「みんなはどう? 先生を許すの?」

「わたしは許しちゃいますよー。見られて減るもんじゃないですしー」

「お互い可哀想だったってことにしておきましょう。()()()()()先生もすごく慌てた様子で反省していましたし」

「別にもういいかな……」


 何故か同級生の全員が、エドガーを許すという流れになっている。

 どうやらエドガーを監禁して詰問したことが、彼女たちには「可哀想」だと映ったようだ。


 ルイーズ自身も「やりすぎた」と思わないわけではない。

 しかし、完璧主義者である彼女としては、一度白黒はっきり付けたいのは事実だ。


「分かったわ。みんながそういうのなら私も考えを改める。でもその前に、私の中ではけじめを付けたいの。私はこれから──」


 ルイーズはクラスメイトに向けて、所信を表明する。

 すると彼女たちは一様に驚愕し、「そういうことなら面白そう」と、ルイーズを応援する形となった。


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