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第12話 エドガーの《闇》

「私に本当の魔術を教えて下さい。お願いします!」

「断るッ!」


 エドガーはただの魔術師ではないと、ルイーズはそう感じている。


 それは昨日の決闘、父王シャルルの口ぶり、そして先程の教師ジャンとの決闘で確信した。

 彼は「異端審問官として魔女狩りをしていた」と言っていたが、もしかしたらそれは本当なのかもしれない。


 しかし彼の持つ強さの秘訣が分からないし、C級に甘んじている理由も分からない。


 そのためルイーズは、なんとしても彼の秘密を知りたくなったのだ。

 そこに自分の求めるもの、夢への道標があると信じて。


 そういう思いから、エドガーに指導を請うたルイーズ。

 だがその期待はあっさりと裏切られる形となった。


「どうして!?」


 エドガーにあっさりと断られたルイーズは、思わず大きな声を上げてしまう。


 王女である彼女は、請願や命令を断られることはほとんどなかった。

 それだけにエドガーの態度は、彼女に屈辱を与えたのだ。


 否、「屈辱を与えた」というのは被害妄想なのかもしれない。

 エドガー自身には悪気がなく、特別な理由のために断っているのかもしれない。

 そもそも、出会って数日も経っていない人に教えを請うこと自体、失礼な話かもしれない。


 ルイーズはそう考えもしたが、それでも彼を許せなかったのだ。


「フッ……聞いて驚け。俺の魔術は《闇》の力を用いた、悪逆非道な魔術だ。一度その一端に触れれば、その《闇》が君の体を侵食していくことだろう」

「それって、普通の闇属性魔術とは違うの?」

「ああ、違うね。光属性と対を成す闇属性ではなく、破滅と終焉をもたらす《闇》だ。《社会の闇》と言ってもいいかもしれないが」


 エドガーは相変わらず、得意げに言い切る。


 いつものルイーズならば「今からお(はら)いしてもらう? 腕のいい祓魔師(エクソシスト)、紹介してあげるわよ?」とツッコむところではある。

 しかし今はそういう気分にはなれなかった。


「とにかく、俺が知る魔術は自分の身を滅ぼす。だから教えられない。ごめんな?」

「ふざけないで! そんな言葉では誤魔化されないわ! だってあなた、ちゃんと生きてるじゃない! 《闇》に侵食されてるとは思えないわ!」

「──死んだよ。少なくとも『昔の自分』なんてものはな」

「え?」


 先程まで得意げだったエドガーの表情がガラリと変わり、真剣な表情となった。

 ルイーズはそんな彼の変貌を目の当たりにし、思わずたじろいでしまう。


「はは……悪い、気にするな。ただの《設定》だ。異端審問官をやってたってのも《設定》だ。右腕に邪竜を宿してるのも《設定》だ。俺は自らを嘘で塗り固めてるんだよ」

「そう……ええ、そうね。確かにあなたは虚栄心のために嘘をつく変態よ。誰かに注目されたいがために奇行に走る道化よ」


 ルイーズはそれを思わず口にしたあと、激しく後悔した。


 たった2日間で一体、エドガーの何を理解したというのだろうか。

 彼はどうして、みんなから笑われたり呆れられたりしてまで道化を演じたのだろうか。


 ルイーズは彼の事情を考えず、知ったような口を利いてしまった。

 少なくとも、もう少し彼のことを理解した後に判断すべき事だったのだ。


「そうだな」


 エドガーはちっとも傷ついたような素振りを見せなかった。

 彼はルイーズに優しく微笑み、こう続ける。


「授業ではちゃんと教えるから。あくまでもカリキュラムに沿った形にはなるが。『僕の考えた最強の魔術理論』ってのは、大学受験では何の役にも立たないからな。評価者が既存の枠に囚われてる現状では、ただの異端でしかない。ましてや魔女狩りがまかり通っている現状では、な」


 やはりエドガーは、学院で教わるような《正統魔術》とは違った魔術理論を知っている。

 しかしルイーズは、それを今ここで聞き出す気にはなれなかった。


 だがそれは「今」の話だ。

 明日、明後日──いつになるかは分からないが、彼の抱える闇を理解できる日が来るはず。


 たとえ時間がかかっても、エドガーのことをきちんと分かってあげよう。

 ルイーズはそう決意した。


「分かったわ。私、()()()()()()()諦める」

「ああ、そうしてくれ──って、『今日のところ』?」

「そうよ。まあ、じきに分かるわ」

「あっ、待ってくれ!」


 ルイーズは「それじゃ」と手を振り、エドガーに別れを告げた。

 風に舞う長い銀髪を手で払いつつ、扉を開けて校舎の中に戻る。


 エドガーの声が後ろから聞こえてくるが、しかし彼は決してルイーズを追ったりしなかった。



◇ ◇ ◇



「お先に失礼します。お疲れさまでした!」

「お疲れさまでした!」

「おう、お疲れ!」


 ルイーズからの依頼を断った後、エドガーは職員室で仕事をし続けていた。

 彼は上長に報告した後荷物をまとめ、全体に挨拶をして職員室をあとにした。


 廊下を歩き、校舎から出て、校門をくぐり、夜の街へ繰り出す。




 月明かりと燭光があたりを照らす中、彼は自宅へ向けて歩を進める。

 彼は今王都の平民住宅街を歩いているが、やはり夜中なので人通りは少ない。


「──ん?」


 エドガーはふと背後から視線を感じ、後ろを振り向く。

 すると銀色に輝く長い髪のようなものが見えた。


 ──跡をつけているのは女か。


 彼の前職は殺し屋のようなものだったので、不意打ちにはかなり敏感なのだ。

 周囲を警戒しつつ、彼は考え事を始める。




 ルイーズに悪いことをしてしまったと、エドガーはそう思っている。


 彼女ほどの優秀な人物がなぜ、他人の助けを借りてまで魔術を修めようとしているのか。

 彼女がなぜ、他でもない自分に教えを請うのか。

 そもそも、なぜ彼女は魔術を修めるのか。


 それを自分から言わなかったルイーズはずるいし、虫が良すぎる。

 だが、動機を聞こうともせず拒絶したエドガーは、もっとたちが悪い。


 しかし、彼の秘術は他人に教えてはならない。

 なぜならそれは──


「──きゃあああああああっ!」


 突如、後ろの方から女性の金切り声が聞こえてきた。

 嫌な予感がしつつも、エドガーは魔術を用いて全力疾走し、声の主を探し求める。


 路地裏に入ると、そこには盗賊と思われる男たち3人と、そして震えている銀髪の女がいた。

 男たちが掲げる篝火がその女の銀髪を妖しく輝かせていて、エドガーは思わず見惚れそうになる。

 が、彼はすぐに胸のざわめきを覚えた。


 なぜなら路地裏に追い込まれていた銀髪の女は、教え子にしてこの国の王女であるルイーズだと分かったからである。


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