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落ち人という存在




「ほんっとーに、いい拾いものをしたな!なあオヤジ!」


常連の鍛冶屋のトーゴが樽酒を豪快に仰ぎ、木のテーブルに叩きつけるように置く。

カウンター越しに酒を注ぎながらオヤジががはは、とこれまた豪快に笑った。



「おうよ!サクが来てくれて本当に助かってる。ちょこまかとよく働くし、覚えもいい。オマケに愛想もあるってもんだ」


客の去ったテーブルを片しながらふと聞こえてきた自分の名前になんとなく耳を澄ます。

必要とされるのは単純に嬉しい。自分の存在があやふやなこの未知の世界で居場所が出来たようで。

そして得体の知れない俺なんかを雇ってくれてその環境を提供してくれるオヤジは本当に俺にとっては恩人だ。


お人好しがすぎる所もある損をしそうな男だけれど、そういう質に俺も救われているのだし、とやかくは言えない。


きっと、常連のなかにもそういうオヤジに救われている連中が大勢いるだろう。


チラリとカウンター越しに視線を泳がすとオヤジは喧騒にまみれて本当に楽しそうに酒を作っていた。

いつも忙しいし客と一悶着あることだってある。怒号は飛び交うハードな職場だけれどオヤジはここが好きでたまらないんだろう。

そんな場所に俺みたいな得体の知れないものを匿ってくれる、あの器のでさかは尊敬に値するよな。


「ついでにいい男じゃねえか、ちとヒョロいが悪くねえ。

オヤジもサクにならシーラを預けられるんじゃねえの?」



がははとそこかしこで笑い声があがる。

シーラというのはオヤジの娘で俺よりいくつか歳下…多分まだ15、16くらいだろう。


雄雄しいオヤジとは違い引っ込み思案で線の細い華奢な女の子だ。

人見知りが激しいらしく、俺もあまり会話をしたことは無いが、オヤジに似て心優しそうな笑みが印象的だ。


シーラの母親は見たことがないし、聞いたこともないけれど、安易に聴けるような雰囲気でもない。

オヤジは男で1つでシーラを育てているっぽいし。


まあシーラの家庭環境なんてどうでもいいんだ。彼女はあの父親がいて幸せそうだし、詮索するなんて野暮なまね多分誰もしない。



常連たちの賑やかすぎる喧騒をBGMにせっせと片付けを再開している時にぽつりと、それは落とされた。


まるで春の草原に落ちる闇の切れ端のように重く冷たく、異質に。




「それはねえな」



ーーーーーーーーシン。




突然の低い一言に酒場は静まり返った。

消して大きい声ではなかった。

けれど、なんだろう、寒気のするような怒気ともまた違う、静かな熱の篭った声だった。



明らかな拒絶。



つい、手が止まる。

ぱっとオヤジを見ると彼ははっとして焦ったように目を伏せた。


これじゃ話を盗み聞きしていたことがバレバレだ。



「お、おい?」


トーゴが引きつった笑みをどうにか浮かべる。オヤジはそれに一瞬でいつもの朗らかな笑顔を浮かべた。



「バカヤロウ!シーラは誰にもやらねえよ!」



オヤジの声につられて酒場に笑い声と喧騒が舞い戻る。

いつもの酒場だ。何も変わらない。

まるであの一瞬が無かったように。


響く笑い声に背を押されるように俺はぎこちなく作業に戻る。



なんだろう。なんだったんだろう。



別にシーラを狙っていた訳では無い。むしろ女性と関わるのは苦手な方だ。

あのお人好しのオヤジに否定された、拒絶された。良くしてもらってる、ありえないほど良くしてもらってる。あの優しい人に。



オヤジのあれは冗談とか軽口とかそういう類のものでは一切なかった。



拒絶。純然たる拒絶。


やはり、得体の知れない俺なんかがとかそういうものよりも遥かに高い拒絶の壁。

何がいけなかったのだろう、そう思うには俺は彼らに関わってい無さすぎるけれど、けれどそう思いたくなるほどの明らかな線引き。

冗談でも娘のそういう話をしたくない、とかいう親心?それとは明らかに違う。



鉛を飲み込んだように、気が重い。

俺のこの世界での全てはとりあえずここにしかない。

ここにしか居場所がないけれど、それに拒絶されたらどうしたらいいのだろう。



その日、裏に引っ込む途中で別の常連の会話を小耳に挟んだ。


「オヤジもあんなマジにならんでも」


「ああ、サクが気の毒だ」


「まあ仕方ねえよ。ありゃあ落ち人なんだろ」


「落ち人?はあー、なるほど、それで」


「まあ、大事な人間の傍に置きたくはねえよなあ」



落ち人?


聞いたことの無い単語だった。なんのことを話しているのか、よく分からない。

けれど俺はその落ち人というもので、そしてこの世界の住人にとって、決して歓迎されるものでは無いのだと、初めて知った。




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