君の寂しさを埋めるもの
「レジ袋お願いします。あと、煙草の25番ください」
「25番っすね! お姉さんよくキャスターホワイト買ってますよね、煙草お好きなんすか?」
「いえ、嫁が吸うので」
「嫁!?」
しょっちゅう声をかけてくる男性店員の困惑顔を背に、私はコンビニを出た。仕事帰りだとたまにあの店員のシフトと被るから嫌だったんだけど、これで話しかけてこなくなるといいな。がさがさとコンビニ袋を揺らしながら、私は家へ真っ直ぐ向かう。
ここ最近、仕事帰りにコンビニに寄る機会が増えた。理由は、ミカンの煙草を買うためだ。
最近、ミカンの喫煙量が以前に増して格段に増えている。もともと煙草は一週間にひと箱という制約をつけていたが、以前までは一ヶ月にひと箱吸い切るかどうかくらいだったし、あってないようなものだった。
ところが、最近異様に減りが早く、こうして週末には煙草を買ってくれと頼まれるようになった。仕事から帰ると、換気扇の下で吸っていた痕跡もよく見かけるし、服に染みついているバニラのような甘い煙草の香りも前より濃い気がする。
なにか、ストレスでも溜め込んでいるのだろうか……。
帰路を照らす街灯の明かりに手を翳し、煌めく指輪を見上げる。新婚旅行の思い出が蘇り、胸がきゅっと幸せになる。
帰ったら、ミカンに直接聞いてみるか。何かストレスや不安ごとがあって煙草に逃げているなら、それを解消するのは私の役目だ。
「ただいまー」
玄関で靴を脱いでいると、リビングからミカンが出てくる。
「おかえり林檎。今夕飯温めるからな」
「うん、ありがと」
差し出された手に、私の鞄やコンビニ袋を手渡す。その時、甘いバニラの香りがミカンのジャージから漂ってきた。着替える前にキッチンを覗くと、換気扇の下の灰皿には新しい吸い殻が残っていた。やはり、先ほどまでも吸っていたようだ。
荷物を置いて戻ってきたミカンが「どうした?」と背後から抱きついて、顎を肩に乗せてくる。なんでもないと頭を撫でてから、着替えるために寝室に向かった。
そういえば、最近甘えてくることも随分増えた気がする……。それこそ、新婚旅行のあとくらいから。
そんなことを考えてながら着替えていると、リビングから夕飯のいい香りが漂ってくる。ぐぅと鳴ったお腹をさすりながら、私は足早にリビングに戻った。
◆
先にお風呂をもらった私は、ミカンがお風呂から上がるのをソファで待っていた。戻ってきたら煙草の件について率直に確認しよう。悩みがあるなら相談に乗りたいし、私にできることならなんでもしたい。
それが、私があの夜に誓ったことだから。
そんなことを考えながらミカンを待っていたら、瞼が重くなってきた。まだミカンもお風呂入ったばっかりだし、ちょっとだけ……。
「ーーご、りんご、林檎! ソファで寝たら風邪引くぞ」
ミカンに名前を呼ばれながら体を揺さぶられて、私ははっと目を覚ました。ミカンが戻るまで少しだけ眠るつもりが、すっかり爆睡してしまったようだ。固まった体をぐーっと伸ばしていると、ミカンが隣に腰を下ろして寄り添ってくる。私は少し体をミカンの方に傾けて、気になっていたことを尋ねた。
「ミカン、最近煙草の吸う量増えてない? 何かストレスとか悩みでもあるなら、相談してほしいんだ」
それを聞いてミカンは、はっとしたような表情を浮かべてから、俯いてもじもじしてしまう。
「お願い、私もミカンを支えたいの」
私はミカンの手をとって、まっすぐ目を見つめて訴えかける。ミカンは悩ましそうに唸ってから、「笑わないでくれよ……」と口を開いた。
「その、新婚旅行以降、林檎のことが更に好き過ぎて……林檎がいない時間が寂しすぎるんだ……」
気がついたらミカンを抱きしめていた。確かに、新婚旅行以降ミカンからのスキンシップも多くなったし、随分気軽に甘えてくるようになった。そして、喫煙量が増えたのも同じタイミングだ。寂しい思いをさせて申し訳ないと同時に、私のことが好き過ぎてと素直な想いを伝えてくれたことが嬉し過ぎて、そんなミカンが可愛過ぎて、私はミカンの髪をこれでもかと撫でくりまわす。
「寂しかったんだね、ごめんね〜! 明日はお休みだし、いっぱい一緒にいようね!」
私の腕の中で「やめろ!」と抗議しているミカンだが、尻尾がぶんぶん揺れているのが丸見えなので、実は喜んでいるのがバレバレだ。
想像以上にミカンが私に甘えたがっているのが分かって、嬉しさと同時に庇護欲がぐんと増してしまう。
そして、私がよくミカンを甘やかしていたのは、ベッドの上だ。
「ね、ミカン。煙草吸うってことは口寂しいんだよね?」
「え? あぁ、まぁそうだな」
腕を緩め、抱きしめていたミカンの後頭部に触れて優しく動かし、私の胸に押し付けた。
「私の、吸ってもいいよ」
しばらくの沈黙の後、意図を理解したミカンの顔が一気に赤く染まる。激しく動揺を見せながら、ミカンは「ななななな何言ってるんだ」と顔を逸らした。そんな愛らしい反応につい悪戯心が湧いてしまう。
「いやなら別にいいんだよ?」
顔を覗き込むようにそう言うと、「え」と惜しそうな声をあげる。にやにやしながらそのまま見つめていると、ミカンは長い葛藤の末、掻き消えるような小さい声で呟いた。
「す、吸いたい……」
顔を真っ赤にして恥ずかしがりながらも、己の欲求に素直なミカン。そんな彼女が愛おしくて愛おしくて仕方がない。
手を引いてベッドに連れて行き、仰向けに寝転がってミカンに向かって手を広げる。
「ほら、おいで」
ミカンが覆い被さってくる。お腹から服の中に手が滑り込まされ、胸元まで捲りあげられる。ミカンの顔は興奮で真っ赤になって、もう歯止めが効かないのが分かる。
ベッドの上でも、普段でも、いっぱいいっぱいミカンを甘やかしてあげよう。これまでよりも、ずっと。
素肌に唇が触れるのを感じながら、私は赤ん坊のように甘えてくる可愛い可愛いお嫁さんを抱きしめた。




