君の髪と、静かなひと時
ざぁぁと雨が降り続ける窓の外から目を逸らして、私はソファにぐったりと寝そべった。
どうしてこう、休みの日に限って雨なのだろうか。こうも空気がジトジトしていると、もう何もやる気が出ない。
リビングにミカンがやって来ると、ソファで仰向けになって四肢を投げ出している私を見下ろしながら「だらけすぎじゃないか……?」とやや諌めるように呟いた。
「休みの日はだらけるためにあるんだよ……それに雨って、何にもやる気が出ないんだもん」
私はミカンを見上げながら、「ミカンも雨は嫌いでしょ?」と尋ねる。
ミカンは小さく唸ってから、自分のグレーアッシュのポニーテールを触りながら、
「まぁ、湿気が多いと髪の毛がうねるのは少し、な」
と苦笑いを浮かべた。
確かに元々癖っ毛気味のミカンは、雨の日だと毛量がいつもより多めに見える。私はストレートだからあまり気になったことないけど、癖っ毛にとっては気になるのだろう。
くるくると髪の毛をいじるミカンを見ていたら、私はふと良い事を思いついた。反動をつけてソファから飛び起きると、小走りで洗面所へと向かう。
微かに聞こえる「元気じゃないか……?」という呟きは気にせずに、私は適当なポーチにヘアケア用品をいくつか放り込んで、リビングに戻った。
ソファに座っているミカンの元へ近づいて、いつもよりポワポワ広がっている髪の毛をくしゃりと撫でる。不思議そうに見上げるミカンに、私は微笑みながらポーチからブラシを取り出して見せた。
「久しぶりに、ブラッシングしてあげるよ」
◆
ミカンと交代してソファに座ると、開いた足の間に収まるようにミカンがカーペットに腰を下ろした。なんとなく足をきゅっと閉じてミカンの身体を挟み込むと、背を倒して不思議そうにこちらを見上げてくる。
それもまた可愛くて、思わずわしゃわしゃと髪の毛を撫で回した。
「おい、ブラッシングしてくれるんだろ! なんでボサボサにする!」
「ミカンが可愛すぎるのがいけないんだよ。ほら、梳かしてあげるから前向いて」
撫でて軽く整えながらそう促すと、小さく文句を言いながらも素直にまっすぐ姿勢を直してくれた。
私はポーチからまず粗めのブラシを取り出して、ブラッシングを始める。引っかかって引っ張ってしまうと痛がらせてしまうので、ゆっくりと髪の毛を解すように優しく梳かしていく。
すると、不意にミカンが嬉しそうな笑い声を溢した。
「ん、どうしたの?」
私が梳かしながら尋ねると、声を弾ませながら答えてくれる。
「いや、昔も林檎によくこうしてブラッシングしてもらってたのを思い出して……なんか、幸せだなって思っただけだ」
私の膝にこてんと寄りかかるミカン。ここからじゃ見えないけど、恐らく顔が緩んで相当可愛い表情をしているに違いない。
覗き込んで確認したい気持ちは山々だけど、今はブラッシングが優先だ。私は見たい気持ちをぐっと堪えて、今度は目の細かいブラシをポーチから取り出し、更に髪の毛を梳かしていく。
髪の毛がサラサラになっていくにつれて、段々と私たちの口数も自然と減っていった。穏やかな沈黙に、髪の毛を梳かす音と、窓を叩く雨音が混ざっている。
ブラッシングが終わると、今度はヘアオイルだ。掌に少量出して馴染ませ、優しく撫でるようにミカンの髪の毛に満遍なくヘアオイルを塗り広げていく。次第にツヤツヤと淡い光沢を帯びていく髪の毛に、私は満足そうに鼻を鳴らした。
「おっけ、お手入れ終わったよ〜」
すっかりサラサラでツヤツヤになった髪の毛を見下ろしながら、達成感から小さく息を吐く。
しかし、ミカンからの返事がない。もしやと思い、揺らさないように気をつけながらゆっくりとミカンの顔を覗き込むと、目を瞑ってうつらうつらと舟を漕いでいた。
その寝顔を見ていたら、狼の頃も私にブラッシングされながらこうして居眠りしていたのを思い出して、懐かしさで胸がいっぱいになる。
起こしてしまわないように優しく髪の毛を撫でながら、私はざぁぁと雨が降り続ける窓の外へ目を向ける。
先ほどまでの鬱屈とした気分は、もうとっくに消えていた。
たまには、雨も悪くないかもしれない。
私はそう思いながら、滑らかな髪の毛の撫で心地の良さを楽しんだ。




