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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第3章
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君と私の新婚旅行④

「あー、温泉気持ちよかったー!」

 ごろんと布団に寝転がり、身体をぐーっと伸ばした。ミカンも隣の布団で横になって、少し疲れたように天井を見上げている。

「あぁ、気持ちよかったな。ただ、少し長湯しすぎたな……」

「あはは、そうだね」

 あの後、私とミカンは肩を寄せ合ってずっと星空と月を眺めていた。あまりに幸せで、夢を見ているようで。お互いに中々動く気になれず、気がつけば随分長いこと温泉に浸かっていた。

 でも流石は美肌効果を謳っている温泉だけあって、肌がツヤツヤになている気がする。ミカンの頬や浴衣から覗く首筋も、いつもより色っぽく見えるし……。じろじろと浴衣姿を眺めていたら、「なんだよ」と恥ずかしそうに胸元を隠されてしまったので、私はわざと不貞腐れたようにそっぽを向いた。

 さて、一息ついたしそろそろかな……。意を決して、私は起き上がる。

 部屋の隅にまとめていた荷物に近づき、バッグをまさぐって目当てのものを取り出した。布団に戻る私を、ミカンも上体を起こして目で追ってくる。

 手のひらに収まるほどの小箱を手にして、私はミカンの前にゆっくり正座した。


「ね、ミカン。左手出して」


 その言葉に、ミカンははっとしたような表情を浮かべる。みるみる赤くなっていう顔を微笑ましく思いながら、差し出された左手をそっと握った。

 小箱から、シルバーの指輪を取り出す。埋め込まれた宝石――ペリドットは、小さいけれど照明の光を受けてキラキラと薄緑色の輝きを放っている。

 ペリドットの石言葉は、“夫婦の愛”、“信じる心”だ。ミカンがこれからも私を信じて安心して生きていけるように。そして、ミカンの信頼に応えて私も生きていこうという、決意表明でもある。

 色白で細長いミカンの薬指に、ゆっくりと指輪をはめた。

「給料三ヶ月分、まではいかないしシンプルなやつだけど、ちゃんと選んだんだよ」

 私の言葉に、ミカンは目に涙を浮かべて、かぶりを振った。

「林檎が選んでくれたなら、どんなものでも嬉しい」

 幸せそうにそう微笑むミカン。私は置いていた小箱を、ミカンに手渡した。そこにはもう一対の指輪が入っている。

 小箱を受け取ったミカンに、私も左手を差し出した。

「私にもはめてほしいな」

「あぁ、勿論だ」

 ミカンは手をやや震わせながらも、私の薬指に指輪をはめてくれた。左手で煌めく愛の印に嬉しさが感極まり、ミカンに抱きついてキスをする。

 口を離して、ミカンと見つめ合う。お互いに心が満ち満ちた表情で、今度はミカンから二回目をしてくれた。

 なんて、なんて幸せな日だろうか。

「改めて、これからもずっとよろしくね、ミカン!」


 ◆


 その後は談笑もほどほどにして、電気を消して私たちはそれぞれ布団に入った。普段は一緒のベッドで寝ているから、隣り合わせとはいえ別々の布団で寝るのは、なんだか新鮮だ。正直少し寂しい。

 慣れない運転に散歩、長湯もしたからすぐに眠りにつけると思ったのだけれど……。

(うーん、眠れない)

 脳が興奮しているのか、暗闇の中で私は中々寝付けずにいた。無理に寝ようとしても仕方がないので、目を瞑って幸せすぎた一日を振り返る。

 豊かな自然の中で散歩して、美味しい懐石料料理も食べて、ミカンと誓いを交わして……幸せが大渋滞すぎる。嬉しい悲鳴だ。夢でも見ているのではと、何度か疑ってしまった。これで目が覚めて夢オチだったら暫くは立ち直れる気がしない。

 そんなことを考えていたら、隣から囁くような声が聞こえてくる。

「なぁ林檎、もう寝たか」

「んー、寝たかも」

「起きてるじゃないか……」

 むすっとした顔が、暗がりの中でも容易に想像できる。声がする方に寝返りをうち、うっすらと視認できたミカンの顔を見つめる。

「ミカンも寝れないの?」

「あぁ……その、あまりにも嬉しいことが多すぎて」

 さっきまで私が考えていたこととまったく同じだったものだから、私は思わず笑ってしまった。「笑うことないだろ」と拗ねたような文句を言われ、私は「ごめんね」と笑いながら謝った。

「ね、やっぱりそっちの布団行っていい?」

 答えを聞く前に、自分の布団から抜け出してミカンの隣に潜り込む。安心する香りと体温、私は我慢せずにぎゅーとミカンに抱きついた。

「やっぱりミカンがすぐ隣にいないと落ち着かないや」

 顔を擦り寄せてそう言うと、優しく抱きしめ返される。

「林檎が望むなら、いつでもいくらでも傍にいるさ」


 お互いに抱きしめあったまま、今日の楽しかったことや思い出を話していたら、徐々にミカンの返答が減ってきた。

「ミカン、眠たくなってきた?」

「うん……」

 気がつけば、私もさっきより随分と瞼が重くなった。もう既にに半分眠っているミカンの頬にそっと口付けをして、髪を優しく撫でる。

「おやすみミカン。また明日」

 そう囁いて、私も瞼を閉じた。


 ◆


 朝日と小鳥の囀りで、私は目を覚ました。なにか、とても幸せな夢を見ていた気がする。

 しかし、隣の幸せそうなミカンの寝顔を見て、あれは夢ではなかったと思い出す。ミカンと月明かりの下で愛を契り、結婚指輪を交わしたのは現実だ。

 この夢とも思えるほどに幸せな現実を、大切に生きよう。

 仕事も家事もからっきしだけど、世界の何より、ミカンを大事にしよう。

 左手にはめた指輪を、窓から注ぎ込む朝日に翳す。光を反射してキラリと光るペリドットに、祈りを込めながらそっと口付けをした。


 願わくば、この幸せな日常が、永遠に続きますように。

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