君の過去と、これからの私たち
「学生時代の苺さんって、どんな感じだったんですか?」
私は花梨さんが用意してくれたノンアルカクテルを一口飲んでからカウンターの向こうにいる花梨さんと、私の隣でピスタチオを摘んでいる柚子さんに尋ねる。二人はすぐに答えず、難しそうな顔で暫く見つめ合ってしまった。
なにかまずいこと聞いたかな、とちびちびカクテルに口をつけていると、花梨さんが私に質問を返してきた。
「先に聞かせて欲しいんだけど、貴女から見て苺はどんな人?」
「え? えっと……」
私は二人に思い出を辿るように、私から見た苺さんの人物像を語った。
困っている私を助けてくれたこと、しょっちゅう押しかける私を、呆れながらも受け入れてくれたこと、同居を提案してくれたこと、そして隠し事を打ち明け、告白してくれたことーー。
「苺さんは、ちょっと素っ気ないところもあるけど、でもすごく優しくて、一緒に居ると安心感がすごくて……頼れるお姉さん、みたいな人です」
私がそう締めくくると、二人は意外そうな顔で「へぇ……」と呟いていた。
「年下から見ると、そんな感じなんだな……」
「そうね、まぁ社会人になってからっていうのもあるし……」
柚子さん用のカクテルを作る手を止めて、花梨さんはまじまじと私を見つめる。
「えっと……そんなにお二人の印象と違いました?」
その問いに、二人はまた顔を見合せてから、私に向き直る。そして、
「魔性の女……かしら」
「性悪女」
と、それぞれの印象を教えてくれた。
想像していなかったその言葉に私が呆然としていると、花梨さんは堰が切れたように語り出した。
「だって苺、明らかに両想いなのに私から告白するように仕向けたのよ? 進級してクラスが離れて、ずっと一緒に居るためにはどうしようねとか言って、私から告白していざ付き合っても、結局大学進学を機に別れましょうとか言って振られたし!」
花梨さんはその勢いのまま手元のカクテルをぐいと飲み干し、カウンターにグラスを勢いよく置いて怒りを露わにする。それ柚子さんのじゃ……と私が気にしているのを他所に、隣の柚子さんも便乗し始めた。
「私の時もそうだった! 高校では苺と関わり無かったけど女同士で付き合ってる奴がいるって有名だったし、大学がたまたま一緒で興味持って近づいたら、思わせぶりなことばっか言ってくるくせに向こうからは絶対付き合おうとか言わねぇの! そんで私から告白したらしたり顔しやがって! そんで就活のタイミングで振られた!」
柚子さんは怒りのままに、摘んでいたピスタチオを指で殻ごと押し潰した。めっちゃ怖い。
息を荒らげていた二人だったが、不満を吐き出してスッキリしたのか、心做しか穏やかな顔つきに戻った。花梨さんは改めてカクテルを作り直しながら、懐かしむように呟く。
「でも、入学当初人見知りで誰とも仲良くなれなかった私にまっさきに声をかけて、クラスの和に誘ってくれたのは苺だったな」
私はその言葉に、あの日駅前で苺さんが助けてくれた時のことを思い浮かべた。
「……まぁ、確かに頼れるとこもあったかもな。大学の講義とか、ゼミとかサボりがちなあたしによく世話焼いてたし」
柚子さんはそっぽを向きながら、そう語る。
うーん、優しくて頼れるのは学生時代からそうだったとして……二人とも苺さんの方から振ってるのか……。
二人の話で少し不安になった私が唸っていると、「大丈夫よ」と花梨さんが微笑んでくれた。
「私たちが別れたのはライフステージの節目で環境が変わるタイミングだったし、社会人になった今ではそうそう環境は変わらないから、学生の時とは違うわよ。それにーー」
「……それに?」
私が首を傾げると、花梨さんは心做しか羨ましそうな顔をして言った。
「貴女の場合は、苺が自分から告白のくだりを切り出してた。まぁ結局先に貴女から告白してたけど……それでも、私たちの時とは違った。だから、それだけ貴女は苺に愛されてるってことだと思うわ」
◆
その後暫くあれこれ話した後、私は二人に見送られてBARをあとにした。ちなみに柚子さんはBARの二階で花梨さんと同棲しているそうだ。苺さんの元カノ同士ということもあって意気投合し、2年前からお付き合いしているらしい。
家に着き、玄関を開けて声をかけると、苺さんが出迎えてくれた。
「おかえり、遅かったわね。……で、二人から変なこと吹き込まれてない?」
BARから帰るタイミングで、苺さんには二人と会っていたと、メッセージで連絡していた。
学生時代のこと、二人が苺さんと付き合った経緯や別れた経緯も聞いたことを伝えると、苺さんは不安そうな表情を浮かべる。私はそんな苺さんの手を握り、問いかけた。
「苺さん、私の事どれくらい好きですか?」
苺さんは驚いたように私を見つめてから、柔らかく微笑んでくれた。
「そうねぇ、この先何があっても、手離したくないくらい大好きよ」
その言葉が聞ければ、私には何も不安などなかった。それに、元カノのお墨付きでもあるのだから。
「私も大好きです。何があっても、傍に居させてくださいね」
苺さんは嬉しそうに、「もちろんよ」と私を抱き締めてくれた。
愛しい温度に包まれながら、私はこれから続いていく幸せな生活に想いを馳せた。