君から滴る雫
むせかえるような熱気。肌を伝う大粒の雫。私に押し倒されて、顔を真っ赤にしているミカン。
「り、林檎……っ!」
抵抗するミカンを抑え込み、私はその胸元に顔を近づける。
芳醇な香りが、私の鼻の奥を突いた。
◆
宅配業者から荷物を受け取ってリビングに戻ると、ミカンが本から顔を上げて訊いてきた。
「お、何買ったんだ?」
「ふふん。これはね~」
荷物の封を開ける私と、その手元を覗いてくるミカン。ガサガサと音を立てて取り出したのは、ゲーム機とゲームソフトだ。
ゲームの内容は、一時前に流行った、屋内で運動ができるトレーニングゲーム。最近運動不足のせいか体力が落ちている気がするので、これで運動不足を解消しようという魂胆だ。
隣から「林檎のことだから三日坊主になりそうだな」と余計なことを言ってくるミカンをスルーして、私はいそいそとゲームを始めるための準備を始めた。セッティングやらは説明書通りに進めると、案外早く終わった。
「よっしゃ!」
私は意気込み、さっそくゲームを起動して、テレビの前に立った。ミカンは私の後ろで、ソファに座りながら眺めている。
ゲームの説明が始まり、動きやすい服装に着替えろと指示されたが、面倒くさいので無視した。ミカンに「おい」と突っ込まれるが、それも無視した。取り合えず今はお試しということで、なんとなくで出来ればそれでいい。
「お、始まるっぽいな」
画面が切り替わり、トレーニングの指示が表示される。画面上のインストラクターと同じように体を動かせばいいようだ。私はコントローラーを握りしめ、意気揚々とトレーニングを始めた。
数分後には、私は屍と化していた。
ソファにぐったりと横たわり、口からは魂が出そうになっている。自覚していた以上に運動不足だったらしく、このゲームは私にとっては過酷すぎた。
早くも音を上げた私に代わり、今はミカンがプレイしている。「お手本を見せてやる」とかどや顔で言っていたが、あれはただ私がやってるのを見て自分もやりたくなっただけだろう。相変わらずミカンは分かりやすいのだ。
ソファに横たわりながら、ミカンのトレーニング風景を眺める。私とは違って早々にへばったりせず、汗を流しながら体を動かしている。
汗を、流しながら――。
私の眼は、気が付くとミカンの汗に釘付けになっていた。首筋を伝って落ちる大粒の汗。うなじには髪の毛が張り付き、Tシャツが肌に密着しているのが見て取れる。
流石のミカンもだんだんと息が上がり、次第に汗の量も増えていく。零れ落ちる汗を見ていると、私の理性も同時に流れ落ちていく気がした。
「ふーっ、結構疲れるなこれ」
いつの間にかミカンはゲームを終え、ソファへと寄ってきていた。ジェスチャーで端を空けろと言われ、私は体を起こしてソファを半分空ける。そこへ腰を下ろしたミカンを、まじまじと見つめた。
息を切らし、顔を火照らせているミカン。汗はまだ引いていない。ミカンが動くと、髪の先から雫がぽたりとソファに落ちる。
そして、我慢の限界が来た。
「林檎もこんくらい――」
ミカンがこちらを向いて何か言おうとしたのを遮って、私はミカンの肩を掴んで押し倒す。覆いかぶさって距離が縮まると、ミカンの肌から立ち込める熱気が近くに感じられた。掴んでいる肩からも、じっとりとした感触が手に伝わってくる。
「ちょっ、林檎!?」
困惑しているミカンのTシャツの下から、お腹に手を這わせた。汗ばんだ皮膚を撫でると、ミカンが「ひぅっ」と可愛らしい声を上げる。
そのまま手を胸元へと上げていくと、ミカンに腕を掴んで止められた。
「急になんだ、せめてシャワー浴びてから――」
「ごめん我慢できない」
しかし、もう私は自分でこの欲望に打ち勝つことはできなかった。理性はとっくにどこかへ消えてしまっていた。
ミカンの制止を振り切って、手を無理やり胸元へ押し込む。口づけをしようとミカンに顔をぐっと近づけるが、今度はミカンが顔を覆い隠してしまった。顔を隠していても、耳がまるで高熱を出したかのような赤さだったので、ミカンの顔色は容易に想像できた。
「林檎、頼むから……今汗臭いからぁ……」
か細い声で懇願してくるミカンに、私はますます衝動を駆り立てられる。
「ミカンは臭くなんかないよ。ほら」
そう言いながら、ミカンの胸元に顔を埋めた。顔を両手で覆っていたミカンは、そんな私を止めることができなかった。
ミカンの体温はまだ高く―もしかしたら私のせいで上がったのかもしれないが―、埋めた顔にはむわっとした熱気が直に伝わってくる。鼻から息を吸い込むと、汗のしみ込んだTシャツの芳醇な匂いが私の鼻を突いた。
決して嫌な臭いではない。普段のミカンの匂いが濃くなったような、そんな匂い。
「ほら、臭くない」
私は自分の笑顔をミカンに見せつける。ますます、ミカンの顔が赤くなってしまった。
今度は、Tシャツを捲り上げてミカンのお腹を露にする。最早、ミカンは止めてこなかった。というより、止められる程の正気を保てていなさそうだった。これほどまでに恥ずかしさに顔を赤く染め上げているミカンは、そうそう見れない。だからこそ、それが私を興奮させた。
「り、林檎ぉ……」
「大丈夫、すぐ終わるから。ね」
そう宥めると、私は再びミカンの体に手を這わせた――。
◆
むすっと顔をしかめてそっぽを向いているミカンに、私は流石に罪悪感を感じていた。
「まぁその、ほら。どうせ、シたら汗かくじゃん」
「信じられん! 嫌がってるのに無理やり襲いやがって」
理性のとんだ私はミカンを欲望の赴くままに襲った後、半ば放心状態のミカンを連れてシャワーを浴び、着替えさせて髪を乾かしてやっていた。ベッドの上でドライヤーで髪を乾かしている最中にミカンが我に返り、そして今、こうしてご立腹なのだ。
まぁ十割私が悪いから仕方がない。
「いやだってさぁ、ミカンの色気が凄すぎたんだもん」
「言い訳になってない! まったく……」
かなり機嫌を損ねてしまったようだ。どうしたものかと悩んでいると、ミカンにキスを要求される。
素直に口づけしてやると、ミカンは私に抱き着いてきた。
そのままミカンを抱きかかえて、ベッドに横になる。力強く私に抱き着いてくるミカンの背中をぽんぽんと優しく叩いていると、ミカンが顔を上げて私をにらみつけた。
「そのうち仕返ししてやるから、覚えておけよ」
愛しいふくれっ面に胸を昂らせながら、私はミカンの髪を撫でつけた。
「うん、楽しみにしてるね」
ミカンはその返答に、また不機嫌そうに顔をむくれさせる。ミカンのこんな顔を見れるのも、この世で私だけの特権だ。なんて最高に幸せなんだろう。愛しい同居人を抱きしめて、私は目を瞑る。
微かに鼻の奥に、あの芳醇な匂いが残っている気がした。




