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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第3章
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君と育んでく緑色

 ホームセンターを訪れるのなんて、いつぶりだろうか。上京したての頃に何度かお世話になったくらいで、最近はめっきり利用しなくなった。

「えっと、プランターと、鉢底石と……」

 ミカンはメモを片手に意気揚々とホームセンターを突き進んでいく。こんなに楽しそうなミカンを見るのは本当に久しぶりだ。普段が楽しそうじゃないわけではないが、日頃クールな分、こうして楽しさを全面に出しているミカンは珍しい。そしてそんな珍しいミカンを見られることが、とても嬉しかったりする。

「重いのは後回しにして、先に種とか見に行くか」

「うん、そうしよっか」

 ミカンの持っているメモには、先日ネットで調べた家庭菜園に必要な物の一覧が書かれている。ミカンが家庭菜園がしたいと言い出したのが昨日の土曜日、そして善は急げということで、今日早速買い物に来たという訳だ。

 昨日話し合った結果、育てるのはプチトマトに決まった。初心者でも育てやすいらしいし、何より私もミカンもトマトが好きだからだ。という訳で、今日の買い物リストにはトマトの種も含まれている。

「林檎、あっちだ」

「はいはい。あんまり急ぐと転ぶよ~」

「おい、子供扱いするな!」

 そんなやり取りをしながら、天井から吊るされた案内板を頼りに進んでいく。


 その時ふと、私はあるものに気が付いてしまった。

 私の前を歩くミカンは珍しくロングスカートを履いているのだが、異様にその中がもごもごと蠢いているのだ。その正体は勿論尻尾だろうが、これは非常にまずい。恐らく嬉しさのあまり、無意識のうちに尻尾が大きく揺れ動いてしまっているのだろう。このままでは周囲の人に不審に思われてしまう。

 私は少し足を速めてミカンの背後に近づくと、そっと尻尾の付け根を押さえつける。

「ひゃぅっ!?」

 突然尻尾を触られて余程驚いたのか、ミカンが外で出してはいけないような声出してしまった。

 顔を真っ赤にして睨み付けられ、私は肩をすくめて反省の意を見せつつ、そっと耳打ちをする。

「尻尾揺れ過ぎて周りにバレそう」 

 その言葉に、ミカンは頬を染めたまま頷く。それと同時に、私の抑えている尻尾を意図的にきゅっと抑えたのが分かった。

 無理に抑えているからなのか、恥ずかしさからなのかは分からないが、微かに尻尾が震えているのが、とても愛しく思えた。そんな尻尾の挙動を楽しんでいると、ミカンに「おい」と怒られてしまった。

「いつまで尻尾触ってるんだ」

「ごめんごめん、ミカンの尻尾が可愛くてさ」

「まったく……」

 漸くミカンの尻尾から手を離した私は、客観的に今の行動を振り返って少し反省した。

(もしかしたら周りからは私がミカンのお尻触ってるように見えてたかも……気を付けよ……)

 一人で反省をしつつ、その後もミカンのあとをついてホームセンターを歩き回り続けた。


 ◆


 私は家に帰ってくるなりベッドにダイブして、大きく息を吐いた。買い物だけですっかり疲れてしまい、私はもうへろへろだった。

 しかしミカンはそうではないようで、変わらずあのテンションのまま、

「ほら林檎、早くプランター作りしよう」

 と、帰ってきて早々にもう作業をしようとしている。いや、本当にこんなに活き活きとしているミカンは珍しくて可愛いのだけど、流石に休ませてほしい。

 その旨を正直に伝えると、耳を垂れさせながらも

「分かった……」

 と了承してくれ、私の隣にごろんと寝転んでくる。大好きなミカンの香りと体温が私に安らぎをくれた。

 二人でゴロゴロとベッドで寛いでいると、私はふとミカンに聞きたかったことを思い出した。

「ねぇ、ミカン?」

「んー、なんだ?」

 くるりと体勢を変えて、私に顔を向けたミカン。

「なんでミカンさ、急に家庭菜園したいだなんて言い出したの?」

 そうだ、その理由をずっと聞いていなかったのだ。私の問に、ミカンは少し「うーん」と唸ってから、物憂げな瞳でぽつりと呟いた。


「林檎と、対等になりたかったから、かな」


 その予想外の答えに、私はすぐに言葉が出てこなかった。ミカンは私に柔らかく微笑みかけながら、続けた。

「私は林檎に育てられて、林檎のおかげでこうして生きている。今私たちは家族で、同居人で、親友で恋人だけど、本来なら私と林檎は飼い主とペットだ」

「うん」

「でも、おこがましいかな。その点においても、林檎と対等になりたいと思ってしまったんだ。だから、二人で何かを育てることが出来たら、対等になれるかも、って思ったんだ」

 まさかそんな事を考えているとはつゆも思わなかった。私はミカンの言葉に相槌を打ち続ける。

「このアパートはペット禁止だろう? 覚えているよ。だからペットは飼えない」

「うん」

「子を成そうにも、私と林檎では無理だ。性別が同じだし、種族が違う」

 真剣な顔でそんな事を言うミカンに驚きながらも、「うん」と続きを促した。

「だから、植物なら育てられるだろうと考えたんだ。折角なら一から育てたかった」

「それで、家庭菜園?」

 私の言葉に、ミカンは深く頷いた。

「緑があると生活が豊かになると言うしな。綺麗な花でもいいと思ったが、折角育てるんだ。食べられるものの方が、林檎は嬉しいだろう?」

 ミカンが揶揄うようにそう言ったので、私は顔をむくれさせた。

「もう、そんなに私食い意地張ってないよっ!」

「ははっ、悪い悪い」

 私の髪を撫でながらミカンが笑う。そしてまた私をじっと見つめると、

「なぁ、林檎」

 と静かに私の名を呼んだ。

「なぁに?」

「私を育ててくれて、本当にありがとう。今度は私と一緒に、この家で緑を育ててくれるか?」

 その問いかけに、私は躊躇いなく頷いて見せた。

「勿論。二人で立派に育てようね」

「あぁ。ありがとう、林檎」

 そして、実ったプチトマトは美味しく頂こう。そう言うと、ミカンはふわっと笑みを浮かべた。


 ◆


 ひと段落つき、私とミカンはふーと息を吐いた。ベランダには気持ちの良い日光が注いでいる。

「取りあえず、これで作業は終わりかな」

「あぁ。あとは種を植えるだけだ」

 私は傍に置いてあった種が入った袋を取ると、ミカンに手渡した。ミカンはきょとんとした顔で、それを受け取った。

「ミカンが植えて。そしたらミカンがプチトマトの親になるから」

「ふふ、なんだそれ」

 私の言葉に笑いながらも、ミカンは「分かった」と、調べたやり方通りに種を土の中に埋めた。

 まだ発芽には長い時間がかかるだろう。それでも、私たちはじっとそのプランターを眺め続けた。

 いつか芽生える緑が待ち遠しい。

「ミカン」

「ん?」

「二人で立派に育てようね」

「勿論だ」

 顔を見合わせて笑い合い、私たちは手を繋いで室内へと戻った。


 願わくば、二人で育んでく緑色が、立派に成長しますように。

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