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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第3章
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君と育みたい緑色

 ミカンは意外と、突拍子もないことを言ったりすることが多い。

「林檎って私を育ててるとき、楽しかったか?」

 ほら、こんな風に。

 リビングで仕事の勉強をしていた私はその問いに一瞬手を止め、ミカンの顔をちらと見やってからまた参考書に目を落とした。無視されたと思ったのか、ミカンの口から可愛い「えっ」という小さい声が漏れる。無論無視しようだとかいう意図はなく、ただ勉強しながら会話しようとしただけだ。

「んー、楽しかったよ。育てるのが楽しいっていうか、ミカンと暮らして居ることが楽しかったよ。勿論今もね」

 私が思ったままにそう答えると、ミカンは「そうか……」とだけ言って、窓の外に目をやって黙ってしまった。

 一体どうしたのだろうか。また小説やニュースにでも影響されたのかもしれない。それでも、どうしてそんな質問をしたのだろう……。

 参考書の内容を目で追うが、もう頭には入ってこなかった。


 そしてふと、ある仮説が思い浮かぶ。

 まさかこれは、小学生頃によく見受けられる「お母さん、動物飼いたい!」現象なのでは? ミカンは元は狼だが、人間の姿になってもう長い時間が経っている。生活も勿論人間に沿った様式になっているので、感性が人間に近づいたとしても何らおかしくはない。

 が、しかし。ペットを飼うという行為を求められたら、私は苦しみながらもNOと言わざるを得ない。何故なら、このアパートはペット禁止だからだ。ミカンと引っ越してきた当初は一時期だけ飼うことを認められ、実家の家族に引き渡さなければならない日の直前に、ミカンが人型となり、今がある。

 当時の一連の流れと事情をミカンが完璧に把握しているかどうかは分からないが、どのみちこのアパートでは飼えないのだ。

 ならばペット可のところへ引っ越せばいいと言われるかもしれないが、引っ越しには身分証明書が必要なわけで……。当たり前だが、狼女のミカンには勿論身分証明書などない。

 それ故、引っ越しなどをするのは最終手段にしたいのだ。

 私が勝手にそう一人で考え込んでいると、不意にミカンが声をかけてきた。

「林檎」

「な、なに?」

「家庭菜園したい」

「……え?」

 やっぱり、突拍子もないことを言うことが多い。


 さて、うちのアパートにはベランダがある。今までは洗濯物を干したり、たまにミカンが煙草を吸いに出たりしてはいたが、用途はその程度だった。確かに家庭菜園をするスペースはあるし、ベランダの有効活用にもなる。

 スマホの画面に映された家庭菜園の記事を私に見せて、爛々と目を輝かせるミカン。

「プランターとか土とか買ってさ、何かベランダで育てよう」

 珍しくテンションの上がっているミカンは大層可愛かったが、私はぐっと堪えてミカンの顔の前に手をかざし、制止させる。

「取りあえず、私はお仕事の勉強をするので、また後で」

 先程やや集中力が乱れたが、今私は勉強の真っ最中なのだ。今後の生活を安定させるためにも、仕事でのミスを減らしたい。

 だから、この勉強が終わってから家庭菜園について話し合おうと思っていたのだが――

「……分かった」

 潤んだ瞳を伏せ、尻尾と耳をへなへなと垂らして私に背を向けるミカン。その哀愁漂う背中に、私の心はバキリと勢いよく折れてしまった。

 リビングから去ろうとするミカンの腕をつかみ、引き留める。

 悲しげな眼でこちらを振り返ったミカンに、私は溜息交じりに言った。

「家庭菜園の計画、立てよっか」

 その時のミカンの嬉しそうな顔と来たら。その愛くるしい顔が見れただけで、今日はもう良しとしよう。そう自分に言い聞かせ、私は参考書をそっと閉じた。

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