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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第3章
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君の知られざる特技

 仕事から帰ると、桃が居るはずのリビングからは明かりが零れておらず、私は不思議に思いながら、靴を脱ぎつつ声をかける。

「桃~? ただいま~」

 しかしその声掛けに反応は無く、私はますます頭に疑問符を浮かべた。

 普段だったら私が帰ってくる頃には小説の執筆を終え、リビングで夕飯当番の役割を果たしているか、ソファで寛いでいるはずだ。

 それなのに電気も点いていないし、反応もない。もしかして、疲れて寝ているのだろうか。

 そう思い、リビングの反対側の寝室を覗き込む。

(……寝てるわけでも、ないのね)

 いつも使っているベッドに膨らみは見れないし、桃の作業机にも人影はない。

 じゃあ、リビングで寝ているのだろうか。でも、わざわざ電気を消して……?

 疑問は尽きないが、取りあえず上着をクローゼットに仕舞い、手洗い場でうがいと手洗いを済ませ、私は漸くリビングに足を踏み入れた。

 その瞬間――


「苺さん、誕生日おめでとうございまーーーす!!」


 電気が付くと同時に、クラッカーの破裂音と桃の浮かれた声が私へと降りかかった。

 パーティー帽子を頭に乗せて満面の笑みを浮かべる桃と、足元に散らばったクラッカーの中身を交互に見比べ、私は暫くしてから、短い言葉を桃へ返した。


「私の誕生日、来月なのよね……」


 ◆


 テーブルに突っ伏していつまでも落ち込んでいる桃の頭を小突き、桃が作ってくれていた料理を皿に盛り付けて並べる。

「ほら、桃も手伝って。お祝いしてくれるんでしょ?」

「うぅ……だって誕生日来月なんですよね? じゃあ何のお祝いか分からないじゃないですか……」

「それはほら……勤労感謝とか」

「私も一応稼いでるんですけど……まぁそういう事にします。ケーキも買っちゃったし」

「あら、ケーキもあるのね」

 さっき冷蔵庫の中にあった白い箱はケーキだったのか。

 料理を盛り付け終わり、向かい合って食卓に座り手を合わせる。

「はぁ、頂きます」

「バースデーソングは歌ってくれないの?」

「もー! 良いから食べますよ!」

 少しからかい過ぎただろうか。拗ねたように頬を膨らませる桃を見て、自然と顔が緩んでしまう。

 桃が腕によりをかけて作ってくれた料理はどれも美味しく、私たちはわいわいと談笑しながら、いつもより品数の多い夕食を楽しんだ。


 ……しまった。ついつい食べ過ぎたかもしれない。少し苦しくなったお腹を摩りながら、ふと思い出す。

「ケーキがあるの忘れてたわ……」

「お腹いっぱいですか? 明日に回します?」

 私の声音から察したのか、桃が気遣いでそう言ってくれた。私はしばし悩んだのち、首を横に振った。

「折角だから頂くわ。私のバースデーケーキだし」

「それはもう良いですから!」

 声を大にして文句を言う桃の頭を撫で、冷蔵庫からケーキの入った箱を取り出す。

 ケーキは二種類あった。

 フルーツが盛りだくさんで上にサクランボが乗ったタルトと、シンプルなショートケーキだ。

 私が二つを交互に見ていると、桃が向いから声をかけてくる。

「苺さんの好みが分からなかったので、取りあえずこの二つを買ってみました」

「それは分かるんだけど、なんでタルト? こういう時って大体チョコケーキとかじゃない?」

 いや、タルトも好きだから全く問題はないんだけどね。と付け加えると、桃は少し照れたようにモジモジしながら、


「その……フルーツタルトに、"桃"が入ってたので」

「……あぁ」


 その言葉を聞いて、私は一拍置いて理解した。なるほど、"苺"のショートケーキと"桃"が入ったタルトを選んだわけか。

 頬を赤らめている桃をしばし見つめ、私は迷うことなくフルーツタルトに手を伸ばした。

「じゃ、私は"桃"を頂くわね」

「……っ! じゃあ、"苺"食べます」

 二人分の紅茶を淹れてから再び向かい合って座り、各々ケーキにフォークを入れる。

 桃は何故か興奮したような目で私を見ながら、"苺"を真っ先に頬張った。元から先に食べる派なのか、私に見せつけているのか……それを判断することは出来ない。

 取りあえず私も最初に"桃"の部分を食べたら、桃は満足そうな顔を浮かべた。


 私がのんびりとフルーツタルトを食べていると、ふと桃が手を止めてこちらを眺めているのに気が付いた。

 どうしたのかと声をかけようとするも、桃の手元を見てすぐに察した。

「桃、食べるの早いわね」

「苺さんがゆっくりなんですよ~」

 そんな事言われても……。私は紅茶のお代わりを淹れようと席を立ち、ついでに――

「はいこれ、あげる」

 タルトの上に乗っていたサクランボを、桃の皿に置いてやる。

「えっ、いいんですか?」

「小さいけど、今日のお返しってことで」

 キッチンへ行き、ティーポットにお湯を注いでいると、桃がリビングから話しかけてくる。

「そういえば、"舌でサクランボのヘタを結べる人はキスが上手い"って本当なんですかね」

「唐突ね……。まぁ、舌先が器用なら上手いんじゃないかしら」

 適当に返事をしながら紅茶を持っていくと、桃にちょいちょいと手招きされた。

「んー!」

 手に持っているスマホをこちらに見せてくるので、桃の隣へと寄って差し出されたスマホの画面を覗き込んだ。


 と、次の瞬間、肩をぐいと引っ張られる。咄嗟の事で反応できずに私は前かがみになり、

「んんんっ!?」

 桃に唇を奪われた。私は驚きのあまり、抵抗さえしなかった。出来なかった。

 いや、桃とはそういう関係になったわけだし、キスくらいそのうちするとは思っていた。が、なんとなく、それは私からだと勝手に思い込んでいた。

 そんな無抵抗な私に対し、桃は遠慮なく舌を入れてきた。私も漸く我に返って、そのキスにこちらからも応じる。

 しかし、何だ。私もディープキスの経験くらいあるが、桃とのキスは、今までのキスの比じゃないくらい――

「……んっ?」

 ふと、絡められた桃の舌から何かが私の口内へと移される。

 それと同時に、桃は私の唇から離れ、満足そうな、それでいて艶やかな笑顔で、私に問いかけた。


「……キス、上手かったですか?」


 その言葉に私が何も返せないでいると、我に返ったのか、一気に顔を赤に染めて桃は立ち上がり、

「おおおおお風呂! 貰いますね!」

 と、慌ただしくリビングを出て行ってしまった。

 一人取り残された私は暫くその場で突っ立っていたが、不意に力が抜けて、椅子にすとんと腰を下ろした。

 絡められた舌の感触を思い出して、私は深く溜息を吐き、熱くなってしまった顔を両手で覆った。

(もしかしたら、私が下になるかもしれない……)

 そんな事を考えながら、桃から口移しされたものを指で摘み出す。それを見て、私は思わず苦笑しながら、小さく声を零すのだった。


「……上手かったわよ」


 桃に口移しされたのは、器用に結ばれたサクランボのヘタだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 先生…待っておりました。 更新してくださり感謝の極み。 神。萌え死ぬ
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