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君の知らない私の今

 突然の豪雨で困っていたら、苺さんがわざわざ傘を持って迎えに来てくれるらしい。

 レストランに避難していて、最悪林檎の家に泊めてもらおうと思っていたが、まさか迎えに来てくれるとは思わなかった。


 その旨を伝えると、向かいの席に座っている林檎は目を丸くして驚いた。

「桃の同居人さん優しいんだね~! 私も迎えに来てもらおうかなぁ」

「うん。林檎の家にも泊まってみたかったけど……、迎えが来るまでもうちょっと付き合ってもらってもいい?」

「全然いいよ~」

 そう言った林檎の笑顔は、学生時代からなんら変わりなかった。


 林檎にはまだ、迎えに来てくれる同居人が苺さんであることは話していない。

 苺さん曰く、林檎は苺さんの部下らしい。が、そのことを教えてくれた時、心なしか苺さんの顔が暗そうに見えたのだ。

 二人の事をよく知っているから、仲が悪かったりするわけではないのだろうと想像できるが、私の方から勝手に言うのもどうかと思い、林檎には黙っている。

 どっちにしろこの後苺さんが来るから、二人は会うことになるのだけれど。


「それにしても、今日はほんとにありがとね」

「こちらこそだよ! 久しぶりに桃に会えて私も嬉しかったし」

 微笑みながらそう言う林檎に心が温かくなる。と、林檎がにやりと不敵な笑みに表情を変えた。

「それに、泣いてる桃も久しぶりに見れたしね」

 咄嗟に反論できず、何度か言葉が詰まってから、私は林檎に抗議した。

「なんでそこ掘り下げるのさ! 忘れてって言ったじゃん!」

「いやー桃が泣いてるの見るの、卒業式以来かなー」

「林檎!!!」

 ごめんごめん、と笑いながら謝る林檎を、私は睨みつける。

 そう、林檎の言う通り、私は今日泣いてしまった。

 それも、会って数分で。


 ◆


 待ち合わせ場所で林檎と合流した途端、林檎は私に抱き着いてきた。突然の出来事に私が困惑していると、林檎は満面の笑みで、小説家デビューの賛辞の言葉を送ってくれた。

「桃、本当におめでとう。夢、叶ったね」

 その言葉に、思わず私は号泣してしまったのだ。

 デビューできたのは林檎のおかげだと、きちんとお礼を言いたかったのに。

 誰からも肯定されなかった夢を、唯一肯定してくれたのは林檎だった。

 その林檎に漸く恩返しが出来た気がして、夢が叶ったという実感がより強くなって、零れる涙を止めることが出来なかった。

 林檎は周りの目も気にせず、泣きじゃくっている私を抱きしめたまま、背中をさすって落ち着かせてくれた。

 変わらないその優しさに、胸が温かくなった。


 ◆


「上京した時大変じゃなかった? 私慣れるのにめっちゃ時間かかったよ」

「あぁ、私も道に何回も迷っちゃって……その時に助けてくれた人と、今住んでるんだけど」

 脳裏に苺さんの顔を浮かべながら、そう答える。

「優しい人に会えて良かったね、桃」

「……うん」

 苺さんに出会えて、本当に良かった。同居に誘ってもらえて、本当に嬉しかった。

 "同居"という単語で私はふと思い出し、林檎に訊ねる。

「林檎も今同居してるんだよね?」

「え、うん」

「ミカンちゃんは? 実家?」

「えっと、一緒に暮らしてるよ」

 何故だか妙に林檎の歯切れが悪い。どうしたのだろう。

「ミカンちゃん元気?」

 その問には林檎は打って変わって、満面の笑みで答えてくれた。

「うん。元気だよー! この前も仕事から帰ったらすぐに出迎えてくれたし、平静を装ってるけどめっちゃ尻尾振ってて可愛くてさー! それから――」


 しまった、と後悔しても遅かった。

 忘れたわけではないのに、油断していた。

 林檎にミカンちゃんの話題を安易に振ると、延々とミカンちゃんについて語るのだ。

 しかも観念して聞いていると、なんだかミカンちゃんがまるで恋人にでもなったかのような内容で、私は困惑してしまう。

 ペットの犬相手にこれほど愛情を注ぐ人も珍しいなと、改めて思った。

 それでも、ミカンちゃんの話をしている時が一番良い笑顔を浮かべるところは相変わらずで、私はその笑顔が大好きだった。


 それから延々と林檎のミカンちゃん自慢を聞いていたら、不意にメッセージの通知が来た。

『もうすぐ着くわ』

 スマホに視線を送った私に、林檎が訊ねる。

「あ、同居人さん迎えに来た?」

「うん、もうすぐ着くって」

 そっかーと微笑む林檎とは反対に、私は得も言われぬ緊張感の中に居た。

 苺さんと林檎がどういう関係性なのか詳しく分からないが、不穏じゃないことを祈りたい。苺さんのあの暗い表情を思い出し、胸が痛くなる。

 林檎がそんな私を見て、大丈夫? と心配そうに顔を覗き込んで――


 そして、店の扉が開く音がした。


 店員さんに一言断って、こちらへ向かってくる女性が、一人。

 林檎はその女性を見て、呆けたように口を開いたまま固まった。

 私たちの席までやって来た女性――苺さんが、どこか余所余所しい笑顔を、林檎に向けた。


「こんばんは、鈴木さん」

「……新田、先輩?」

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