君と居たいから
――疲れた。不慣れな生活と仕事で私の体力は限界を迎えている。でも、指導担当の先輩はあたりだった。可愛いし優しいし……ミカンに次ぐ私を癒してくれる人だ。
今日も夕飯は右手に持ったビニール袋に入ったコンビニ弁当。新生活の疲れから、やはり家事を怠ってしまう。部屋も散らかっているし、朝は簡単なパンに昼夜はコンビニ弁当。身体を壊すのは時間の問題だと分かっていながらも、改善が難しいことも悟っていた。
未来は不安一色だ。さらに追い打ちをかけるように、明日は両親がミカンを引き取りに来る日だ。胸の奥がぎりぎりと苦しくなる。玄関扉を開ける手が震える。明日からは、この向こう側にミカンは居ない――。
「ただいま……」
後ろ手に扉を閉めると、居間から足音が聞こえた。こうしてミカンが出迎えてくれることも、もう――
「おかえり林檎。お疲れさま」
「……え?」
リビングから顔を出したのは、見覚えのない女性だった。雑にまとめられた灰色の髪。豊満な胸に長い脚。切れ長の目と高い鼻は、イケメンと表現しても過言ではない。 しかし、それらよりも私の目を奪うものを、彼女は持っていた。
頭から生えた犬のような耳、シャツとズボンの隙間から垂れ下がった尻尾。作り物かと思ったが、動いているところを見ると、そうではないようだ。布巾で手を拭きながら、彼女は私へ近づいてくる。不思議と、恐怖心はなかった。
「どうしたぼけっとして。飯が冷めるぞ」
私から上着をはぎ取ると、さっさとリビングへ姿を消してしまった。状況整理が追い付かないまま、私は頭にはてなを浮かべながら彼女の背を追う。そして食卓に目を向けると、そこには美味しそうな食事が用意されていた。
「わぁ……!」
並べられた二人分の食事に、思わずお腹が鳴いた。それを見た彼女はくすりと笑い、私の頭を撫でてきた。
「まったく、林檎は昔っから食いしん坊だな」
「ちょっと撫でないでよ、ミカン」
咄嗟に出たその名前に、私は彼女の顔を見つめた。
「ミカ、ン……?」
呼びかけに答えるように、私は引き寄せられ彼女の胸に抱かれた。この優しい温もりは、何度も感じたそれを同じだ。私の心を落ち着かせるように、彼女の手が私の髪に触れる。
「もう大丈夫」
その呟きに、私はひどく安堵した。
常人ならありえないと否定するだろう。夢ではないかと疑うだろう。私は昔から頭のねじが一本飛んでいると言われていたが、知ったこっちゃあない。
大好きなミカンと居られるのならば、ねじの一本や二本捨ててやる。
私の愛狼との暮らしは、こうして始まった。




