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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第2章
59/107

君の知らない私の罪悪感

 私は、苺さんを責めることが出来ない。


 ◆


「ちっ、あいつ……言ってねぇのか」

 苺さんの帰宅を待ってる間、柚子さんはそんな呟きを漏らした後、小さく舌打ちをしていた。それだけで、なんとなく察しはついていた。

 恐らくこの人は、見た目に反して良い人だ。


 私は出会いがしらの柚子さんの言葉で、苺さんがレズビアン―私のようにレズビアンではないけれど、好きになったのが女性だったのかもしれないが―だという事を知った。

 そして彼女は、私を家に置いている苺さんが、自身がレズビアンであることを私に教えていないことに対して、腹を立てている。

 

 だけれど、私は苺さんを責めることが出来ない。


 私だって、そうなのだから。


 高校時代に好きな人が居たとは言ったが、それが女の子だったとは言っていない。そして私は今、苺さんに好意を寄せている。

 それを黙って、同じ家で暮らして居る。

 私も同罪なのだ。その事実に、胸がぎゅっと締め付けられた。


 気まずい沈黙が長らく続いて、玄関の鍵を開ける音が聞こえて、私たちはそちらの方へと視線を向けた。

 髪は乱れ、息を切らした苺さんがリビングに入ってくる。そして苺さんと目が合う。その不安を帯びた視線に、私は強い罪悪感に襲われた。

 私はとっさに席を立ち、苺さんの上着と鞄を預かり、

「私は部屋に行ってるので、気にせずお二人で話してください」

 と言って、寝室へと逃げた。


 私に自身の事を伝えていなかったことを悔いて、焦って、不安になっている苺さんに合わせる顔がなかった。私だって同罪なのに、彼女が私に罪の意識を抱いているのが辛い。

(……私も、ちゃんと打ち明けなきゃ)

 告白までとは行かないが、私の学生時代の想い人も女の子であることを、きちんと伝えよう。


 ◆


 柚子さんを見送りに外へ出ていた苺さんが帰ってきて、私たちは自然と食卓に向き合って座った。


 お互いに視線は自然と下を向き、沈黙が流れる。

 言わなきゃいけない。私は、苺さんに罪の意識を持たせてはいけない。

 意を決して、顔を上げた。


「苺さんっ、実は」

「桃、ごめんなさい!」


 私と同時に、苺さんも言葉を発していた。それに驚いたように、苺さんはきょとんとしている。

 そんな苺さんに、私は深々と頭を下げた。

「苺さん、大体の事は察しています。だけど、私は苺さんを責めることは出来ません」

 顔を上げ、状況をまだ飲み込めていない苺さんに、私は打ち明けた。


「私が以前話した、私の大切な恩人―初恋の人も……女の子なんです」


 その言葉に、苺さんの表情に更に驚きの感情が広がっていく。

「だから、私も同罪なんです。私も、同性に好意を抱く人間だという事を、打ち明けていませんでしたから」

 私は静かに深呼吸をして、苺さんに笑みを向ける。

「ですから、気に病まないで、これからもよろしくしてほしいです」

 

 苺さんは数秒の間、呆気に取られたような、何かを考えているような、そんな表情をしてから、私に優しく微笑んでくれた。

「……分かった。じゃあお互いさま、ってことで。これからもよろしくね、桃」

 

 ◆


 桃との話し合いが終わり、いつものように二人で夕ご飯を食べる。

 ふと桃が思い出したように口を開き、ぱぁと顔を明るくさせた。

「そういえば、例の子にやっと連絡できたんですよ! 今度久しぶりに会うんです!」

「例の……あぁ、恩人の子ね」

 ……そうか、とうとう連絡を取ったのか。桃がずっと気にかけていた恩人―初恋の子。

 初恋の子と再び関係が戻ったら、桃は……。


 桃は、ここを出るかもしれない。


 鈴木さんに想いを寄せながらも、桃と一緒に暮らして居たいだなんて、私はなんて欲張りなのだろう。

 そう思いながらも、桃が私の傍に居なくなることが、とてつもなく寂しく思えた。

 しかし、彼女を止める権利など私にはないのだ。私はこの思いを心のうちに留め、桃に笑顔を向ける。

「良かったわね。貴女に会った時からずっと気にしていたし」

「えへへ、ありがとうございます。もう、嬉しすぎてやばいです!」

 興奮したように、桃の声のトーンが上がる。

「そうだ、聞いてくださいよ。その子、高校の頃ずーーーっとペットのワンちゃんの事で頭がいっぱいだったんですよ」

「へぇ、よっぽどペットの事が好きなのね」

「もう学年中で有名でしたよ。口を開けば"ミカン"、"ミカン"ってうるさくて――」


 ミカン……? どこかで聞いたことがあるような気がする名前だ。気のせいだろうか。

 ミカンというのはその子のペットの名前だろう。そこで私はふと気が付いた。

「そういえば、桃のその恩人の子はなんていう名前なの? 気になるわ」

「あれ、言ってませんでしたっけ。名前はですね――」


 次の瞬間。桃の口から発せられたその名前に、私は思わず手にしていた箸を落とした。

 

「鈴木林檎、っていうんですよ!」

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