君の知らない私の秘密
「アタシは三枝柚子。苺の元カノだよ」
◆
桃からの連絡を見て、私は帰路を全力疾走した。日頃運動なんてあまりしないから息がすぐに切れしまうけど、それでも自宅へとひたすらに走った。
柚子が突然やってきたことには勿論驚いたが、それよりも桃からの連絡を見た瞬間、私は冷や汗が一気に噴き出した。
『苺さんの元カノだとおっしゃってる、三枝さんがいらっしゃってます』
いつかは話さないといけないと分かっていた。だけど、それで桃に嫌われてたらと思うと不安で、先延ばしにしてしまっていたのだ。
桃は学生時代からの想い人が居る、ごく普通の女の子なのだ。私の今までの彼女のように、お互いレズ同士なわけではない。
だから、レズビアンだと告白するのが、怖かったのだ。
しかし私がレズビアンであるという事実は、私が伝えるより先に、最悪な形で桃に知られてしまった。
胸の中が不安でいっぱいになる。私は歯を食いしばって、走る足に力を込めた。
◆
乱暴に鍵を差し込んで玄関扉を開け、リビングに駆け込む。そこには桃と柚子が食卓に向かい合って座っていた。桃が「おかえりなさい」と立ち上がり、私の上着と鞄を預かって、
「私は部屋に行ってるので、気にせずお二人で話してください」
とあからさまに元気のない作り笑いを浮かべて、寝室へと姿を消した。
荒くなった息をなんとか整え、私は柚子を睨み付ける。相も変わらず派手な髪色で、大学の頃からなんら変わりない、私の元カノ。
「……何しに来たの、柚子」
「こっわ。そんなに威嚇すんなよ」
柚子はわざとらしく肩をすくめると、床に置いてあった紙袋を持ち上げて私に差し出した。中身を確認すると、見覚えのある本が数冊入っていた。
「大学の頃に借りてた参考書とか資料。借りてたのずっと忘れててさ」
「……てっきり無くしたものだと思ってたわ」
「いや無くしてたんだよ。押入れ掃除してたら見つけてさぁ」
「……」
悪びれる様子もなくそう言った柚子をもう一度睨み付け、私は深く溜息を吐いた。せめて連絡の一つでも寄越せと言いたかったが、柚子は昔からそういう人間だった。相手の事情なんて二の次で、自分の都合中心で行動するタイプなのだ。
「用が済んだならさっさと帰って」
そう言って追い返そうとするも、柚子は何故か再び椅子に腰を下ろし、桃が淹れたであろうお茶を飲んでから口を開いた。
「あの子、今の彼女?」
唐突な発言に、私はすぐに返事が出来なかった。あの子というのは、間違いなく桃のことだ。
「違う、桃は私の友達よ。ただの同居人」
そう答えると柚子は「あっそ」と寝室の方を一瞥して、すぐに私に視線を戻した。その視線は私を咎めるようなもので、思わずたじろいでしまう。柚子はそんな私に
「お前、あの子に自分の事話してないだろ」
と責めるような口調で言った。それは図星で、私は思わず押し黙ってしまう。
そんな私を見た柚子は確信を得たように、呆れた顔で溜息を吐いて言葉をつづけた。
「自分がレズだってこと隠して女の子を同居に誘うとか、男が女を唆して連れ込むのと変わんないじゃん。それに、あの子、傷ついてたぞ」
その言葉に、私は反射的に寝室の方に目を向けた。桃の先ほどの作り笑いが脳裏に浮かび、ずきりと胸が痛んだ。
自分を同居に誘った女がレズビアンでした、だなんて、桃からしたらショックで当たり前だ。それが分かっていたのに、私は桃は居心地のいい友達だから、という勝手な建前で言わなかった。逃げていた。
柚子に向かって、自分の都合中心で行動するタイプなんて、言えないじゃあないか。
本当に自分勝手なのは、私の方だった。




