君の知らない私の想い
私はスマホの電源を切りポケットに仕舞って、ソファに仰向けに寝転がった。と同時に、深い溜息が体の奥から零れ出る。自分で思っていた以上に、私は緊張していたらしい。
勇気が出なくてずっとできずにいた、数年ぶりの林檎への連絡。それがつい先ほど完了したのだ。
高校を卒業してから一度もやり取りをしていなかったために、変な反応されたりだとか、林檎がすっかり変わっていたらどうしようという不安があって今まで連絡できずにいたが、それは全くの杞憂だった。
林檎は突然の私からの連絡に、昔と変わらないノリで返信して、会いたいという私の提案を快諾してくれた。文末によく使う顔文字も高校生の頃から変わっていなかった。
やっと、お礼が言える。
ずっとずっと、林檎にお礼が言いたかった。親の反対を押し切ってひたむきに夢を追いかけて、酷評を受けても挫けずに何度も何度も賞に応募して、やっとの思いで大賞を受賞してデビューすることができた。
それは、周りに否定された私の夢をまっすぐに応援してくれた林檎が居たからだ。林檎があの時私の夢を応援すると言ってくれたから、今の私がいる。
そんな林檎に、私は初恋をしたのだ。
(あの頃は、林檎の気を惹こうと必死だったなぁ……)
学生時代の自分を思い出して、私は少し恥ずかしくなった。懸命に林檎にアピールするも虚しく、私の想いは林檎に伝わらないまま高校を卒業してしまった。
林檎と私が同性ということもあって、告白はできなかった。別に私はレズではないのだが、それでも同性に恋をしたのは事実だ。そして今も――。
まぁどちらにせよ、告白したところで受け入れてはもらえなかっただろう。彼女の頭の中は常に、飼い犬のミカンちゃんでいっぱいなのだから。
そんな学生時代の記憶を思い出しながら、私は首を持ち上げて部屋を見回した。私の私物が増えた、苺さんの家。いや、私たちの家だ。
新田苺さん。道に迷っていた私を案内してくれて、酔った私を自宅で介抱してくれて、何度も押しかける私を文句言いながらも受け入れてくれた、お人好しな人。
苺さんに手を差し伸べられたあの時から、この人と仲良くなりたいと強く思っていた。だから何度も遊びに行って、一緒にご飯を食べて、苺さんと少しでも距離を縮めようとしたのだ。
(どうも私は、自分を支えてくれる人に弱いな……)
ソファの傍らの猫のぬいぐるみを引き寄せ、抱きしめる。ぬいぐるみは苺さんの匂いがして、胸が温かくなって、幸せが溢れた。
苺さんは、私のこの想いを知ったらどんな反応をするだろうか。
この想いはいつか、必ず苺さんに伝える。学生時代と同じ不安はあるが、伝えないまま終わる後悔はもうしたくない。ただの女友達では、ただの同居人では、私は満足できない。
私はいつか、苺さんと――
あ 不意にチャイムが鳴った。そういえば、もうすぐ苺さんが仕事から帰ってくる時間だ。
(鍵持っていくの忘れたのかな……)
そんなことを思いながら、玄関扉を開ける。
「おかえりな――」
さい、は口から出ずに引っ込み、私の体に戻ってきた。扉を開けた先に立っていたのは苺さんではなく、長い金髪を後ろでお洒落に束ねた、背の高い女性だった。彼女から発せられているオーラを一言で表せば、ギャル。宅配便などではなさそうだった。
その女性は何故か驚いたように私をじろじろと眺め、数秒の沈黙のあと突然合点がいったように手をポンと叩いて口を開いた。
「あんたもしかして、苺の《《今の彼女》》?」
私は耳を疑った。呆けている私を他所に、彼女は金髪を指先で弄りながら名乗った。
「アタシは三枝柚子。苺の元カノだよ」