君の知らない私の親友
「え、桃からだ!」
私は思わず大きな声を出し、それにミカンがびくりと肩を震わせてこちらを振り返る。本に集中していたミカンは余程驚いたようで、恨めしそうに私を睨んできたのですぐに謝った。
「まったく、いきなり大声を出すんじゃない」
「ごめんごめん。中高の頃の親友から久しぶりに連絡来てさ」
私のその言葉に、ミカンは首を傾げた。
「……林檎に親友なんて居たか?」
「居たよ! 失礼な!」
◆
ソファへやってきて私の隣に腰を下ろしたミカンが、申し訳なさそうな笑顔を浮かべながら、膨らんだ私の頬を突いてくる。
「悪かったって。そう拗ねるなよ」
「十数年一緒に暮らしてるのに、なんで知らないの!」
「いやだって……」
私の言葉にミカンは眉をひそめる。
「林檎実家に友達とか連れてきたこと無いだろ」
「……」
「放課後とか休みの日も、誰かと出掛けることほとんど無かったし」
私は学生時代の記憶を掘り起こし、それが事実であることを認識して、顔を背けた。首筋にミカンの冷たい視線が刺さっているのが分かる。やめて、そんな目で見ないで。
「檸檬も、お前にちゃんと友達が居るのか心配してたんだぞ」
檸檬というのは私のお母さんの事だ。お母さんにもそんな風に思われていただなんて。
決して友達が居なかった訳ではない。これには理由があるのだ。友達に誘われても断り、不要不急の用事が無ければ一直線に帰宅していた理由が。
「だって、家で一秒でも長くミカンと一緒に居たかったんだもん!!」
そう言い切った私に、ミカンは何故か言葉をかけてこなかった。不思議に思ってミカンに目をやると――
「……うわぁ」
茹ダコみたいに顔を真っ赤にして硬直しているミカンが、そこに居た。
◆
漸く赤面が収まったミカンが、再び不思議そうに首を傾げる。
「友達なら分かるが、家で遊んだこともないのに、親友なのか?」
どうやらミカンは、私が桃の事を”友達”ではなく”親友”と称したことに引っ掛かりを感じているようだ。休日も一緒に遊ばず、家に呼んだことも相手の家に行ったこともない友達を、果たして親友と呼ぶのかと。
しかし私はかぶりを振って、それをはっきり否定した。
「違うよミカン。親友の基準は人それぞれ違うから、これをしたならもう親友とか、あれをしてないから親友じゃないっていうのは、明確には無いんだよ」
「そんなもんなのか」
「そんなもんなんだよ」
まだ腑に落ちてはなさそうだけれど、ミカンは一応納得したようだった。私はスマホの画面に表示された桃とのやり取りを眺める。自然と顔が綻んだ。
学校ではいつも一緒に行動し、一緒にご飯を食べ、下らない話で盛り上がったり、私のミカン自慢を延々聞いてくれたり。
そんな他愛もない日々の積み重ねは、私にとって大切で、大好きな思い出だ。だから、間違いないのだ。
「桃は、私の親友で間違いないんだよ」
私のその言葉に、ミカンは少しつまらなさそうに唇を尖らせた。
「なぁにミカン」
「別に……。林檎は随分そいつの事が好きみたいだな」
そいつって……まさか桃にまで嫉妬をしてるのか。嫉妬しやすい原因は理解しているけど、それにしても嫉妬の対象が広すぎやしないか。
私は呆れながらも、その愛おしい拗ねた同居人の頭を撫でる。
「毎日一緒に暮らしてて、家族で、同居人で、ペットで、親友で、恋人で、私がこの世で一番愛してるのに、まだ心配なの?」
「……心配だから、証拠に毎日キスしろ」
「ほとんど毎日してるじゃん」
「……たまに、しない日があるじゃないか」
「はいはい、毎日キスしようね」
そう言って、抱き着いてくるミカンを受け止めて頭を撫で繰り回す。
今日も今日とて、この同居人は私のことが大好きだ。




