君と居たいのに
雨粒がしたたかに肌を打つのも気にせず、私は傘を投げ捨て、彼女を抱きかかえて一心不乱に走った。
「おかーさん! わんちゃんが……!」
体も拭かずに居間へ飛び込んだ私を咎めることもなく、お母さんはあらあらと手を拭きながら私へ歩み寄ってくる。私と同じくらいの目線にしゃがんで私の腕の中の犬をしばらく見つめると、
「お父さんに頼んで、お医者さんのとこ連れてってもらおっか。その前に、二人とも身体を拭きましょ」
と優しく私を撫でながら優しく微笑んだ。
「――この子は犬でなく、狼の可能性があります」
獣医にそう告げられた時、私の両親は私の記憶た中で一番呆気に取られていたと思う。獣医は、これは絶滅したはずの二ホンオオカミである可能性が高い。と話していたが、何しろ当時の私は7歳だ。絶滅? わっつどぅーゆーみーん? である。
しかし、親はそれで察したのだ。この子は連れて帰れないと。申し訳なさそうに私に目を向けるが、当時の私は獣医に向かって、無邪気な笑顔で訊ねた。
「おーかみもわんちゃんと同じご飯買えばだいじょーぶですか?」
目をぱちくりとさせる両親。驚いた表情で私を見つめる獣医。不思議そうに首をかしげながら私は、足元にすり寄ってきた犬(狼?)を抱き上げた。と、獣医が豪快にはっはっはと笑い声をあげ、私の頭を撫でてきた。
「もしかしたら僕の勘違いかもしれない。わんちゃん、大事にしてあげてね」
「? うん!」
呆気にとられたままの両親をよそに、こうして彼女は家族の一員になったのであった。
◆
「うちはペット禁止ですよ」
ミカンに威嚇されて少し怯えながら、大家さんにそう告げられる。あの頃の両親に引けを取らないくらい、呆気にとられたと思う。今思えばその可能性を考慮していなかった私が大馬鹿者なだけだが。就職に伴い一人暮らしを決意した私は、愛狼(表面上は愛犬)のミカンを連れて上京した。そしてあらかじめ決めておいたアパートへ向かったのだが……
「まぁ上京したばっかで大変だろうから……しばらくはいいよ。でも悪いけど、落ち着いたら実家に連れて帰ってもらうよ」
「はい……」
両親は仕事があるから、田舎にある実家を離れられない。私は仕事と快適さを求めて上京したのだが、一人は寂しいだろうとミカンも連れてきた。両親は不器用な私に家事ができるのかと危惧していたが、私はこの時家事よりも、ミカンのいない生活に耐えられるかどうかを危惧していた。小学生の頃からずっと暮らしていた愛狼だ。今更離れるなんて考えられなかった。だが、ミカンと居ることを選べば私は一から住居を探さなければいけないのだ。
段ボールだらけの部屋で、空いた床に私とミカンは寝転がった。ひんやりとした感触が肌に伝わってくる。
「……ミカン、私達一緒に居られないんだって」
「クゥン」
「ミカンが、人間だったらいいのにな……なんて」
ふさふさのミカンの手を握り、私は目を瞑った。温かい、ずっと握ってきた大好きな手。これからはミカンとこうして寛ぐことも叶わないのかと思うと、自然と握る手に力が籠った。
「クゥン……」