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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第1章
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君の声だけで私は

 外回りが終わり、自分のデスクにたどり着いた途端、疲れが一気に押し寄せてきた。呻き声をあげながら、私はデスクに突っ伏した。あぁ、ビールが飲みたい。そんな欲求に襲われるが、ミカンとビールは金曜限定と約束しているため、あと三日ほど我慢しなければならない。ちなみに、私が約束を破ったその日は夕飯を作ってくれなかったという前例がある。おまけに口もきいてくれなかった。流石に精神的に堪えたので、もう二度と約束は破らないと誓ったのだ。

 不意に、目の前にことりと缶コーヒーが置かれる。顔を上げると、そこには上司である新田先輩が優しい笑みを浮かべていた。新田先輩は私が入社したての頃の指導係だった人だ。そんな新田先輩の下の名前は苺で、実際苺のように可愛らしく優しい。まさに、名は体を表すということか。

「鈴木さんお疲れさま。外回り大変だったでしょ。これ飲んでもう少し頑張ってね」

「新田先輩……有難うございます」

 体を起こし頭を下げてから、御言葉に甘えて缶コーヒーをいただく。あぁ、新田先輩は私の第二の女神だ……。第一の女神? ミカンに決まっている。

 私よりも少し背の高い新田先輩には、本当に妹のように可愛がってもらっている。お昼もよくご一緒させてもらっているし、いずれ何かお返ししなきゃなぁ。そんなことを考えていると、新田先輩はこちらの考えを読んだかのように「お返しはいりませんよ」と柔らかく微笑んでくれた。私がその笑顔に心を浄化されていると、どこからか新田先輩を呼ぶ声が聞こえ、新田先輩は私に手を振って立ち去ってしまった。少し寂しさを感じながら、カコッとプルタブを上げる。無糖コーヒーをちびちびと飲んでいると、ポケットの中のスマホが振動した。

『帰りにスーパーで卵よろしく』

 ポップアップ通知で表示された、素気のない一文。送り主は勿論ミカンだ。大好きな同居人(ペット)からメッセージが送られてくるだけで、私は頬を緩ませていた。それと同時にミカンの声が無性に聞きたくなり、少し迷った末に、廊下に出てから通話ボタンを押しスマホを耳に当てる。

『――もしもし。どうした』

 一度目のコールが終わらないうちに、ミカンの声が聞こえてくる。その声を聞いただけで、私の心は幸せで溢れかえった。

「んー、ちょっとミカンの声が聞きたくなったの」

『……そうか。卵、頼むぞ』

「うん、分かった!」

 じゃあまた後で、と断り、私は通話を切ろうとスマホを耳から離す。その瞬間、ミカンがそっと呟いた。


『――早く帰ってきてくれ』


 ぴろりん、と通話が切れる音がする。職場に飛び交う社員たちの声が私の鼓膜を揺さぶるが、それらは一切頭に入ってこない。ただ、最後のミカンの一言が大きく響いている。寂しさを滲ませた、あの一言が。

 緩み切った頬を叩き、よしと声を出して自分に喝をいれる。デスクに戻った私はコーヒーを一気に飲み干し、仕事に取り掛かった。大切な人が自分の帰りを待っている。たったそれだけのことで、疲れはどっかへ飛んで行った。


「お先に失礼します」

 定時きっかりに、私は会社を飛び出した。スーパーで卵を買って、自転車で我が家へまっすぐ走る。私の帰りを待っている、大好きな同居人(ペット)のもとへと、まっすぐ走る。

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