君の初めての酔顔
毎週金曜は私の飲酒解禁日であり、その度にミカンと夜中に自宅飲み会をしている。言わずもがな私はビールが大好きで、いつものように箱で用意された缶ビールを飲んでいた。
「相変わらず旨そうに飲むな」
「ミカンも飲めたらいいのにねー」
私がそういうと、ミカンは少し残念そうに眉を下げて首を振る。ミカンはやはりビールの独特の苦みが不得意なようで、最近は試し飲みすらしなくなってしまった。もうビールに慣れることは諦めたようだ。
しかし、私はふと気が付いた。
「ねぇ、ミカンってビール以外のお酒飲んだことあったっけ」
ミカンは暫く考え込むと、
「そういえば飲んだことなかったな。林檎がビール以外飲まないから、そもそも買ってもないな」
と言って裂きイカを口に咥えた。
ミカンの言う通り、私は基本的にビール以外のお酒に興味がないので、焼酎やワインなどの他の酒類には手を出していなかった。しかし、毎回私だけがお酒を飲むのは不公平ではないか。折角ならミカンと一緒にお酒を飲んで二人で盛り上がりたい。
ビール以外のお酒ならば、ミカンも飲めるかもしれない。そう考えた私は、ばっと立ち上がりコートを羽織った。
「ミカン、ワインと焼酎どっち飲んでみたい?」
「え。あ、あぁじゃあワイン」
「おっけー!」
「おい、気をつけろよ!」
「まだ一本飲み切ってないから平気ー!」
心配そうなミカンの声を背に、私は近所のコンビニまで全力疾走した。
「ただいま!」
「早っ、おかえり」
ミカンの前にレジ袋から取り出したワインの瓶をドンと置き、コートを脱いでミカン用のグラスを用意する。
「……こういう時って普通ワイングラス出すんじゃないか?」
「え、うちにはビールジョッキしかないよ」
用意されたジョッキを見て不服そうに眉をひそめるミカン。ごめん、許して。ワイングラスなんておしゃれなものうちにはないんだよ。
ジョッキに注がれたワインを恐る恐る一口飲んだミカンは、一拍おいてその表情を満面の笑みに変えた。こちらに向かって嬉しそうに掲げてきたジョッキに、私も飲みさしの缶ビールを合わせて掲げる。
「改めて、かんぱーい!」
なんだか感慨深い思いに浸りながら、私は一気にビールを呷った。まさかミカンと二人でお酒を楽しめる日が来るなんて……。向かいのミカンも幸せそうにワインをごくごくと――。
「あの、ミカン? お酒慣れしてないんだからあんまり……」
「うぅ、りんごぉぉ……だいすきぃ……」
なんということでしょう。先ほどまでピンピンだったミカンちゃんが、顔を真っ赤にして呂律も回らなくなっています。
あまりの酔いの早さに私が茫然としている間も、ミカンは何故か目を涙で潤わせながら独り言葉を垂れ流している。
「りんごがいなかったらわたしいまごろしんでたろうしぃ、りんごとくらすのがしあわせだしぃ、りんごにあえてよかったぁぁぁ。ぐすっ」
号泣しながら私に礼を述べてくるその姿に思わず胸がきゅんとなったが、私はなんとか理性を取り戻してミカンを寝室へ連れていく。まさかこんなにお酒に弱いとは思わなかった。今日はもう寝かせよう。
「ほらミカン、もう寝よ?」
「んぅぅ、りんごひんやりしてる~」
「ミカンが熱いんだよ!」
首元にすりすりと顔を押し付けてくるミカンを半ば無理やりベッドに横たわらせると、あっという間に寝息を立て始めてた。なんだかどっと疲れが押し寄せたが、真っ赤になったその寝顔を眺めていたら、いつの間にか私の頬は緩み切っていた。
初めて見た君の酔顔は、ビールなんかよりずっと私を幸せにしてくれた。