君が見てくれないから
ふかふかなソファに身を沈めながら、私は仰向けになって手元のスマホの画面に視線を注いでいる。対人戦のゲームに熱中して慌ただしく指を動かしていると、お風呂上がりのミカンがリビングにやってきた。おかえり、と声をかけるが、生憎ゲーム中のため視線までは送れなかった。
「なんだ林檎、またそのスマホゲームやってるのか」
半ば呆れてそう言ったミカンは、余ったソファのスペース―私の頭の傍に腰を下ろした。それと同時にシャンプーのいい匂いが鼻をくすぐり、思わずほうと息をつく。同じシャンプーのはずなのに、他人がつけるとどうしてこうも感じ方が変わるのだろう。
シャンプーの匂いに気を取られてゲームへの集中力が切れたせいで、私は敵に攻撃されてしまう。深く溜息を吐きながらスマホを掲げていた腕を下げた。
「お、負けたのか?」
「そうだけど、なんで嬉しそうなの」
ミカンの口調は明るく、見上げるとその顔は笑みを浮かべていた。その意図が分からずに私が頬を膨らましていると、何故かミカンはいそいそ立ち上がり、冷凍庫から何かを取り出して戻ってきた。
「ほら林檎、アイス食わないか? お前の好きなやつ買っておいたぞ」
そう言ってアイスを手渡してくるので、有り難く身体を起こしてそれを受け取る。お、しかも新発売のやつだ。
ソファで食べると汚してしまうのが怖いので、食卓へ移ってからアイスを食べ始める。私についてくるようにして、ミカンも私の向かいの席につき、煙草を咥えた。ちなみに最近になって、ミカンは電子煙草に乗り換えた。理由は健康のためと、煙草を吸うのにわざわざ換気扇の下やベランダに行くのが面倒くさくなったかららしい。電子煙草なら私も匂いは気にならないので、ミカンは私の傍で喫煙することが増えた。
「私も電子ビール欲しいなー」
「何馬鹿なこと言ってるんだ」
そんな戯言をミカンに一蹴され、私はわざと不貞腐れた顔をしながら、手元のスマホをいじくる。それを見て、ミカンが眉間に皺を寄せた。
その渋い表情に私が驚いていると、ミカンは席を立って食卓を迂回し、私の隣までやってくる。そして突然胸倉を捕まれ、顔をぐいと寄せてきた。私はその間、ただ茫然としているだけで何も反応できていない。
ミカンは口から煙草を離すと、キスするのかと思うくらい顔を近づけて、一言呟いた。
「スマホなんかよりも私を見ろよ」
揺れる耳と尻尾、ほんのり朱色に染まった頬。むすっとした表情のまま睨み付けてくるミカンを、私は気が付けば抱きしめていた。
「可愛いー! なぁに構ってもらえなくて寂しかったのー?」
「ちがっ、林檎の視力が悪くならないようにだ! おい、子供みたいに撫でるな!」
そう抗議しながら腕の中で暴れていたミカンも、暫くするとその抵抗をやめた。そして小さく、
「……だって、最近ずっとゲームじゃないか。私には目もくれないで」
私の胸に顔をうずめてそう呟くミカンの髪の毛を撫でながら、私も反省していた。
「ごめんね。やりすぎには気を付けるよ」
「ふん、分かればいいんだ」
そのあと今までの寂しさを埋めるように、ミカンは暫く私の腕の中を離れようとしなかった。




