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私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第1章
33/107

君の好きなところ

 毎日顔をやつれさせてってくる林檎だが、今日はいつにも増して疲れ切っていた。おかえりのハグをしようとしたが、その体力さえ無いようで玄関先に突っ伏してしまう。ハグできなくて少し残念なのは林檎には内緒だ。普段の生活においては主導権は握られたくないという願望からだが、これが夜のみ下になる者の(さが)だろうか。

「ほらほら、せめて寝るならベッドに行ってくれ。夕飯は?」

 華奢な体を支えて起き上がらせてやりながら訊ねると、林檎は力なく、しかしそれでいて強い意志が伝わってくるような口調で、短く答えた。

「食べる」

 林檎の好きなところのひとつ、どんなに疲れてても用意した飯はしっかり食べる。二日酔いのときも例外ではない。(二日酔いのときは私が二日酔い専用の食事を用意しているからなのだが)

「林檎のそういうとこ好きだぞ」

「……他に好きなとこは?」

 たまには素直になるのもいいかと思ったが、やはり慣れないことはしない方が良いな……さらに求められてしまった。林檎に肩を貸したまま、一緒に寝室へと足を運ぶ。私に身を預けた林檎から外の匂いがする。

「ん、あと百個くらいあるぞ」

「えー百個だけ……?」

「まだまだずっと一緒に暮らすんだから、そのうち千個くらいまで増えるさ」

 肩を抜き、林檎をベッドに降ろしてやる。私を見上げたその顔は、先ほどまでのやつれた様子はすっかりなくなり、ほんのり紅潮した頬で私を嬉しそうに見上げていた。その上目遣いに思わず私は目をそらしてしまう。不意打ちでのあんな可愛い表情はやめてほしいものである。

「うわ目ぇそらされた……」

 それでもまだ疲れてるのか、棒読みくさいセリフを吐きながら林檎はベッドにばふんと体を倒した。暫く林檎は天井を見つめ、私はそんな林檎を見つめていた。心の中では林檎のスーツ姿に、審査員が百点満点の札を掲げていた。元が良いから何を着ても似合うな、林檎は。

 そんな時間が数分間続いたのち、林檎の突然の一言で沈黙は破られた。

「は、寝てた」

「うん、そんな気がしてたよ。飯はどうする?」

 確認の意味合いも含めてもう一度訊ねると、林檎は「んー」と唸り、スーツの袖で目を擦ってから

「お風呂先はいる」

 とだけ呟いた。風呂に入るのは結構だが、湯船に浸かりながら寝落ちするのは勘弁してほしい。前科があるから、なおさら不安である。寝落ちしないように、とだけ注意して、風呂場に向かう林檎を見送ってから私はリビングへ戻った。林檎が上がってきたら食事はもう一度温めるとして、それまで洗濯物でも畳んでおこうか。

 私はテレビ前に敷かれたカーペットに腰を下ろし、その近くにあったかごから取り込んでおいた洗濯物を引っ張り出してそれを一枚ずつ丁寧に畳んでいった。


「お風呂あがりました~」

「はいよ。飯にしようか」

 膝に手をついて立ち上がろうとすると、それを抑え込むような形で林檎が上から抱き着いてきた。腕が首にあたって少し苦しい。私は林檎の腕に手をかけて少し緩めると、まだ少し湿っている林檎の髪をそっと撫でた。

「どうした、まだ眠いのか?」

「んーん、おかえりのハグできなかったから。ミカンも残念そうだったし」

 そんなことない、と咄嗟に反論できなかったのは、勿論図星だからである。私が言葉に詰まっていると、体を離した林檎が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「尻尾は素直だからね、すぐ分かるよ」

「……うるさい」

「ミカンのそういうやっぱり素直じゃないとこ、私好きだよ」

 林檎のその揶揄うような表情がうっとおしかったので、仕方なく抱き着いてその顔を視界から外した。あくまでも、仕方なくだ。決して、ハグが物足りないわけじゃない。

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