君を見てると我慢できない
いい湯だな、あははん。私は懐かしい歌を口ずさみながら、首からタオルを下げて脱衣所を出た。お風呂といったらこの曲だよね。いやまぁ、もうお風呂あがったんだけど。
「お風呂あがったよー」
「おう、って……なんて格好してるんだ」
食卓で本を読んでいたミカンは顔をあげて私を視認すると、少し頬を赤らめて私から目をそらした。確かに身に着けてるのはパンツだけだけど、首から下げたタオルで両胸は隠せてるからセーフだと思う。
というか、今更なにを照れてるんだろうか。今まで身体を重ねたり、一緒にお風呂にも入ったりして散々裸なんて見てるだろうに。私がそう言っても、
「それとこれとは別だ! せめて上になんか着てくれ……」
とミカンが怒るので私は仕方なくブラとシャツを身に着けてリビングに戻った。まったく、ミカンは相変わらず照れ屋さんなんだから。狼じゃなくて本当は子犬なんじゃないのかな。
「そうだミカン、今度行くお花見のお昼さー」
「あー、コンビニがいいんだろ。たまにはコンビニでも――」
ミカンの言葉はつまり、その視線は私の下半身をまっすぐ捉えていた。そして、
「ズボンも履け、はしたない!」
「お母さんかよ……別に女同士だし、見慣れてるからいいでしょ」
「まったくこいつは……」
赤くなった顔を隠すように、額に手を当てて俯くミカン。生真面目なミカンに少し呆れながらも、私は話を戻した。
「そうそう、お花見だ。いやね、お昼じゃなくて夜行きたいなって」
「夜か? いいけど、暗いだろ」
「いやそれがさー」
会社の先輩から聞いた、ライトアップされた夜桜が楽しめる公園の話をミカンにした。なんでも、飲食可能のベンチテーブルがいくつかあって花見に最適なんだとか。しかも近くにコンビニもある。これは酒を飲みながら夜桜を楽しむという、とても大人っぽい嗜みができるチャンスだ。
私の熱弁を聞き終えると、なぜかミカンはくすくすと笑いを漏らして柔和な笑みを浮かべた。
「大人っぽい嗜み、とか言ってる時点で子供っぽいぞ、林檎」
「ひっどー!」
私はわざと拗ねたように口を尖らせ、ソファにぼすんと腰を下ろした。膝を抱えてスマホをいじっていると、躊躇ったような声でミカンが私をとがめた。
「林檎、その、下着見えてるぞ」
「……」
「な、なんだよその目は」
「はぁ、今日はどうしたのさ。やけに私の身だしなみに厳しいけど」
私が問いかけると、ミカンは照れたようにそっぽを向いて、もごもごと口を動かす。
「だって、最近……シてなかったから……その……」
「なに、聞こえないよ」
「……あんまり無防備な格好してると」
私が咎めると、ミカンは朱に染まった顔をぐいっと近づけて、私の耳元で囁いた。
「狼が我慢できずに襲ってくるぞ」
その一言で、私も自分の顔が熱くなるのが痛いほど分かった。言葉を失い、数秒ミカンと見つめ合ったあと、欲情したような目の狼をぎゅっと抱きしめて、そっと呟いた。
「ベッド、行こっか」