君の腕の中
「いつもご苦労様です~」
顔なじみの配達員に礼を述べた林檎が、玄関から鼻歌交じりに戻ってきた。なにやら両手で大きな段ボール箱を抱えている。namazonとロゴが入っているので、通販でなにか買ったのだろう。林檎は満面の笑みでそれをカーペットの上に置くと、
「ねぇミカン、カッターどこ?」
「そこのペン立てに差さってなかったか?」
カッターはやはり私の示したところにあったようで、それを用いて早速開封し始めた。
それにしても、本当に大きい段ボール箱だ。林檎だったら身を丸めれば収まってしまうのではないだろうか。猫のように丸まって箱の中でぼぉっとしている林檎を想像して、胸の奥がきゅんとした。と、私がそんな想像をしている間にも荷物の開封はどんどん進んでいる。そして、ついに荷物の正体があらわになった。
段ボール箱から出てきたのは、直径一メートルはありそうな、巨大なマカロンのクッションだった。桜色のそれはとても肌触りが良さそうで、林檎の腕の中で柔軟に形を変えている。
「んふふ~可愛いでしょ! この前適当にサイト見てたら一目惚れしちゃってさ」
満足げにクッションを抱きかかえて林檎はそう笑った。林檎は子供の頃もよく両親にぬいぐるみをねだっては、それを抱きしめて気持ちよさそうに寝ていた。ただ、私とこうして暮らし始めてからは寝るとき私に抱き着いていたから、ぬいぐるみとかクッションは必要なかったのに……もしかして、私飽きられたのか? 抱き心地悪かったとか……この筋肉質の体が悪いのか?
「ちょっとミカン、なんでそんなに落ち込んでるの!?」
慌てた様子で林檎は私に近寄り、顔を覗き込んできた。
「ミカンどうしたの?」
「えっと、その、だな」
思わず目を逸らしてしまった私が口ごもっていると、林檎はクッションを持ってくると私に押し付けてきた。抱きしめろということなのか、無理矢理私の腕の中にそれを収めようとしてくる。私は抵抗しても無駄だろうと察し、おとなしくクッションを抱きしめた。
おぉ、中々に良い抱き心地だ。滑らかな肌触りに程よい反発感、これを抱きしめて横になるとすぐにでも眠気に誘われそうだ。
想像以上のクッションの心地よさに私が感心していると、林檎の安心したような笑い声が聞こえた。
「よかった、ミカンの顔が可愛くなった」
「なっ、可愛くない!」
「え~?」
私はにやけ面の林檎にクッションを押し返し、ソファに腰かけた。追って林檎も私の隣に腰を下ろす。
「ねぇ、さっきはどうしたの?」
「……」
まさかクッションに嫉妬したなんて言ったら、さすがに揶揄われそうで私は押し黙ってしまう。それでも購買動機は気になるわけで……。
「なんで、クッション買ったんだ?」
その問いに林檎は一瞬呆気にとられ、すぐに微笑んで答えた。
「ミカンが日中私がいないときに、腕の中が寂しくならないようにと思って」
そう言って私にクッションをはい、と手渡してくる林檎を、私は思わず抱きしめた。なんだ、心配した私が馬鹿だった。林檎を抱きしめる腕に力が入る。
「ありがとう」
「もう、折角買ったんだからクッション抱きしめてよ」
「今は林檎がいるから、寂しくないよ」