君と夢見心地
口から煙を吐き出し、私はベランダの柵に身を預けながら朝焼けを眺めた。
「良い天気だな……」
見上げた空には雲ひとつなく、青と茜の混ざった色彩が幻想的な雰囲気を醸し出している。そしてこんな良い天気に吸う煙草も美味い。携帯灰皿に灰を落として振り返ると、静かな居間がただそこに広がっている。
林檎はまだ夢の中だろう、ついさっきまで裸のまま寝息を立てていたからな。普段なら、営みの次の日に先に目を覚ますのは林檎なのだが、今日は珍しく私が早朝に目を覚ましたのだ。二度寝する気にもなれなかったので、今こうしてベランダで一服している。
それにしても不思議なものだ。長年ペットとして寄り添ってきた私が、飼い主の林檎と身を重ねる関係になるとは。今更ながらその珍妙な関係に、私は苦笑した。シガレットを咥え、スマートフォンの待ち受け画面を開いて私は頬を緩めた。林檎には恥ずかしいから内緒だが、私の待ち受けに設定してある写真は昔の林檎と私の写真だ。そこに映っている林檎は懐かしい制服を身にまとっている。これは中学の時の制服だ。
まだ狼の私と中学生の林檎。写真の中で、私は林檎にキスをされていた。確か、林檎が高校に合格した時に母親―檸檬に撮ってもらった写真だったはずだ。以前林檎が持っていた写真データを二人で眺めていた時に見つけ、こっそりとそれを私のスマートフォンに送って待ち受けに設定しておいた。
今ではキスなんて何度もしているが、未だに慣れというものは来ない。いつも林檎と生活しているだけで、私は幸せで満ち溢れている。そして、林檎も同じ気持ちであるという事実が堪らなく嬉しい。
灰を携帯灰皿に落とし、火を消すと私はベランダを後にした。そろそろまた眠くなってきたし、ベッドへ戻るとしよう。
最後に口から吐き出した煙が、そよ風に揺られてそっと消えた。
◆
不意に隣で動く気配を感じ、私は目を覚ました。まだ日が昇っていないのか、部屋全体は薄暗い。
「すまん、起こしたか」
目が合ったミカンは申し訳なさそうに耳を垂れさせると、私の方へと身をよじって近づいてくる。
「んーん、大丈夫。どうしたの」
「ちょっと煙草吸ってた」
「そっか」
密着してきたミカンに抱きつき、胸に顔を埋めた。いつもの柔軟剤の香りと、染みついた煙草の匂い。それらとは別に感じるこの落ち着く香りは、ミカンの香りだろう。その匂いが大好きだと率直に伝えると、ミカンは照れたように私の頭を乱暴に撫でまわした。
しかし、こうして温もりに包まれていると胸の奥が暖かくなるのを感じる。これまで何度も何度もミカンとは身を重ね、抱きしめあっているというのに、未だに幸せは薄れない。
「ねぇミカン」
「なんだ」
私は顔をあげてミカンの優しい目を見て呟いた。
「ずっと大好きだよ」
ミカンはそれに狼狽えて目を泳がせたあと、誤魔化すように私を強く抱きしめてきた。少し苦しいが、とても落ち着く。
「私も、大好きだ。ずっと、これからも」
「えへへ、嬉しい」
私とミカンは見つめあい、それからキスをして、お互いに照れ笑いを浮かべた。ミカンは眠たそうに大きくあくびをすると、再び私をぎゅっと抱きしめた。
「もうちょっとおやすみ、ミカン」
「ん、おやすみ」
ミカンの胸に顔を埋め、私は目を瞑った。まだ、日は昇らない。