君に振る舞う料理
――酷い匂い。
私は目の前の惨状に顔をしかめた。黒ずんだそれは強烈な臭さを放っており、近くに居るだけで気が滅入りそうだ。
(見つかる前に、どうにかしなきゃ……)
焦る気持ちを抑え、私はそれに手を伸ばした。その時。
「ただいま」
「あっ」
買い物を終え、居間に入ってきたミカンと目が合い、私は硬直した。ミカンもすぐに異変に気が付き、顔をゆがめて鼻を塞いだ。そして、私の手元を覗き込み――
「お前……何焦がした?」
「た、卵焼きです……」
「……もう炭じゃないか」
◆
慣れないことはするもんじゃない。私はミカンの作ったお昼ご飯を頬張りながらしみじみと思った。
たまには料理して、ミカンに日頃の恩返しをしようと試みたのだけれど、やはり料理は私には向いていないようだ。恩返しは、また別の形でするとしよう。
「まったく。気持ちは嬉しいが、せめて一声かけてくれれば手伝ってやるのに」
「それじゃ恩返しになんないじゃん」
「む、そうか……」
ミカンの作った形の整った卵焼きを口へ運び、その美味しさを噛みしめた。やはりミカンの作る食事はとても美味しい。突然人の姿になったその日でさえ、出された料理は並大抵の主婦に劣らない腕前だった。ミカンに直接訊いたことがあるけど「愛の力じゃないか?」と適当に返された。
「ミカンの料理の腕はすごいけど、ほんと不思議だよねぇ」
そう私がしみじみと呟くとミカンはくすりと微笑み、「そうだな」とコーヒーに口をつけた。と、そのときミカンの背後で尻尾がゆらゆらと大きく揺れていることに気が付く。ミカンの尻尾の動きはほぼ無意識で、その揺れ方の癖を私は把握している。
「……もしかしてミカン嘘ついてる?」
――小学生だった頃、私のお気に入りのぬいぐるみが見当たらずに探し回ったことがある。しかし長時間探しても見当たらず、居間の隅で鎮座してすましているミカンに抱き着きながら問いかけたのだ。
「みかん……私のうさちゃんどこかわかるぅ……?」
「くぅん」
ミカンは「知らんな」とでも言うようにまたそっぽを向いたが、その時尻尾が大きく揺れていた。そして、そのぬいぐるみはミカンがずっと抱きかかえていたのだ。つまり、あの時ミカンは嘘をついていたというわけだ。
「……林檎に隠し事ができる気がしないな」
「隠し事しなきゃいけないような仲なの?」
「いや、別に隠してるわけじゃないんだが……料理を教えてくれたのは、檸檬だよ」
「檸檬って……お母さん?」
目の前できょとんと目を丸くする林檎に、私は説明してやった。
「檸檬が料理してるときよくそれを見てたんだが、檸檬はほら、癖でよく独り言をいうじゃないか。料理のときなんか特にそうだろ? 料理教室みたいに説明口調で楽しそうに料理してて、林檎もよくそれ見てたよな。
で、そんな檸檬の料理教室を毎日、私は見ていたんだ。だからかな、この姿になった時、その記憶が全部残ってたんだよ。そのおかげで、私はこうやって林檎に料理を振る舞えるわけだ」
へぇーと納得したように、卵焼きと白米を頬張る林檎。そんなに一気に食わなくても飯は逃げたりしないというのに、相変わらず食いしん坊な奴だ。と、林檎がでも。と首をかしげる。
「その割にはお母さんの味とは似てないね?」
その疑問に、私は思わず苦笑した。
「私は檸檬の料理を一度も食ったことがないんだから、当たり前だろ」
「あ、そっか」
そうだったね、と林檎が恥ずかしそうに笑う。
「じゃあこれはミカンの味だね」
「そうだな」
「私、ミカンの料理大好きだよ!」
「そうか、ありがとう」
確かに私の料理は檸檬と味つけは違うが、檸檬の味と共通しているのは、愛情がたくさんこもっているというところだ。確信をもって、そう言える。




