君が可愛すぎて、つい
ない。
「おかえり林檎。飯も風呂も用意できてるけど、どっちかいい?」
「んー、ミカンがいいな」
「ん、選択肢聞いてなかったのか?」
「ミカンが冷たい」
「……私は夜になったら、な」
そう言い残して居間に引っ込んでいったミカンの頬は微かに朱に染まっていて、その愛らしさに私は仕事の疲れを忘れるのであった。
空腹を強く感じていたので、私は手早く楽な格好に着替えると、ミカンの待つ食卓へと向かう。そこに並べられた料理は出来立てのように湯気が立っていて、私の腹の虫は抗う術もなく鳴き声を上げた。ミカンとの約束の中に、「帰る前に連絡すること」がある。私が連絡を入れることで、ミカンは私が帰宅するおおよその時間を把握し、それに合わせて料理を用意してくれているわけだ。うーん、いったいこの恐ろしく高い主婦力はどこで手に入れたのか……。少しくらい私に分けてくれないかな。
席に着き、向かい合ったミカンに合掌をする。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
◆
濡れた髪の毛を愛用のタオルで拭きながら、食器を洗っていたミカンに声をかける。
「お風呂あがったよー」
「ん。まだ寒いんだから早く乾かせよ」
おかんと呼びたくなるのをぐっと堪え、はーいと返事をしてソファに腰を下ろした。ローテーブルに手を伸ばし、リモコンをつかんで適当なチャンネルをつける。画面に映ったのは今流行りのドラマで、主演の女性には見覚えがあった。
「この女優さん、新田先輩が好きなんだって。確かに美人さんだよねー」
新田先輩という単語に反応したのかミカンの耳がピンと伸び、こちらを睨み付けてくる。手を拭きながら居間に来たミカンは不満げな顔のままソファの後ろに回り、私の頭をタオルで拭き始めた。いや、拭くなんて優しいもんじゃない。乱暴にこする、と言った方が適当な、そんな力加減である。
「ふーん、新田苺が好きな女優なのかー、そうかそうか」
「ちょ、あの、ミカンさん、い、痛い痛い! ごめんなさい!」
謝罪もむなしく、ミカンの手つきが弱まることはなかった。結局、私の髪がすっかり乾いて尚且つぼさぼさになるまで、ミカンは私の頭を乱雑に拭き続けたのであった。
今のは不用意に新田先輩の名前を出した私に非があるというのは認めるが、ここ最近ミカンがやけに嫉妬深くなってきている気がする。気のせいだろうか。
むすっと私の隣に座ったミカンの膝に頭を預け、私はむくれたその顔を見上げた。
(まつ毛長いなー)
下から見るその顔に新鮮味を感じながら、じっくりとミカンの顔を観察する。と、不意に後頭部に手が回され、頭を持ち上げられた。意図が読めずに困惑したのも束の間。気が付けば私の眼前には、ミカンの整った顔が迫っていた。
「んむ……」
「……あんまり見つめてくるから、我慢できなかったじゃないか」
この状況で、身体を折って私にキスをしてくるなんて、ミカンも積極的になったね……っていうか心拍数が跳ね上がったまま落ち着かないんだけど。
火照って仕方ない頬を隠すように、ミカンの腹に顔をうずめた。さっきとは打って変わって、優しい手つきで髪の毛が撫でられる。
「最近ミカンぐいぐいくるね……」
「林檎が可愛すぎてつい、な」
「~~っ」
いつになく積極的なミカンに、私は暫く顔を上げることができなかった。