君の恋人は私だから
「す、鈴木林檎さんっ! 前から好きでした、お付き合いしていただけませんか!?」
野次馬に囲まれながら、私は深く頭を下げた同期を前に、どうすればいいか分からず立ち尽くしていた。
告白されたことは決して嫌ではないが、もう少し場所を選んでほしかったというのが素直な感想だ。私は溜息を吐きながら、社員食堂の窓際の席でカレーうどんを啜った。朝から今日はカレーうどんと心に決めていたので、汁が飛ぶことを考慮して黒いワイシャツで出勤している。新田先輩に「黒も似合うわね、鈴木さん」と褒められて、今日はいい日だと思ったのに、昼前にあんなことが起こるなんてなぁ……。
告白してきた同期については、ひとまず考えさせてくださいと保留してある。少なくとも、今日中に返事をするのは難しそうだ。とはいえ、答えは決まっている。勿論NOだ。好意を寄せてくれるのは有り難いが、今の私にはミカンという同居人兼ペットがいる。残念ながら彼と交際することはできない。ただ、断り方に悩むんだよなぁ……。
(お母さんに相談したら、是非とも付き合いなさいって言うんだろうなぁ……)
母にはミカンが人型になったことは話していない。話したところで信じてもらえないだろうし。つまり母は、私が未だ恋人もおらず一人暮らしをしていると思っているわけだ。ごめんねお母さん、もう同居人もいるし、進むところまで進んじゃったんだ……女だけど、狼だけど。
ふと、ミカンと私は恋人なのかと疑問に思う。お互いに好きなのは明白だし、何度も身体を重ねている。これは最早恋人なのでは?
スマホを取り出し、ミカンにメッセージを送る。返信は一分足らずで届いた。
『私とミカンって恋人?』
『恋人かどうかは知らん。
でも世間一般的に見たら、恋人なんじゃないか。
なんかあったのか?』
『告白されたの』
時計の針が、間もなく昼休みの終了時刻を指す。私はスマホを仕舞い、カレーうどんの汁を一気に飲み干し、よしと意気込んだ。オフィスへ戻り、件の同期の席へと歩み寄る。
「え、あ、鈴木さん……」
同期は立ち上がり、私と向かい合った。周りにはまた人が集まっていた。上司よ、止めなくていいのか。
そわそわとしていた同期が、意を決したように口を開く。が、それより少し早く、私は深く頭を下げた。
「私には心に決めた人がいます。貴方とは付き合えません。ごめんなさい
だけど、告白してくれて、嬉しかったです。こんなに仕事のできない私のどこを好きになってくれたかは分からないけど、それでも嬉しかったです。好意を向けてくださって、ありがとうございます」
一瞬の沈黙のあと、同期の「こちらこそ、ありがとうございます」という絞り出した一言を境に、野次馬はその場を離れていった。私ももう一度頭を下げ、自分の席に戻った。どっと疲れが押し寄せ、ふぅと息を吐く。
不意に目の前に缶コーヒーが置かれ、顔をあげると新田先輩が柔らかく微笑んでいた。
「お疲れさま」
「あ……ありがとうございます」
なんかやけに嬉しそうだったけど、どうしたのだろう……。缶コーヒーに口をつけながら不思議に思っていると、スマホの画面にはメッセージが表示されていることに気が付いた。いつの間にか返信が来ていたのか。表示されたその文面に、思わず笑みが零れる。
「もう、可愛い恋人だなぁ」
『そいつより私のが林檎のこと好きだからな』