君のことを守りたくて
「たまにはどっか行くか」
珍しくミカンが外食を提案してきた。ソファで寛いでいた私は「うぇ?」と間抜けな声をあげ、更にはソファから転げ落ちた。
普段は「外食は身体に悪い。林檎は私が作ったバランスのいい飯を食って長生きしろ」と言っているのに。どういう心境の変化だろう……。は、もしや「もういいよ早死にしろ」と暗に伝えてるのか? そうなのか!?
「ミカン様見捨てないでくださいお願いします」
「は?」
怪訝そうに眉をひそめるミカンに支度を促される。どうやら見捨てられたわけではないらしい。取りあえず一安心だ。
寝間着を脱いで洗濯籠に入れ、お気に入りのワンピースに袖を通す。お化粧は……普段からしてない。不器用過ぎて、デビルフェイスと化してしまう。友達に「スッピンのほうが万倍可愛い」と切り捨てられ、以来化粧はしていない。幸い、会社でも「すっぴんのまま来てる私生活も仕事もダメな女」というレッテルは張られていないようだ。
玄関ではすでに身支度を終えていたミカンが、耳を飾っている桜のピアスを触って待っていた。
「林檎、その黒いワンピース似合うな」
「えへへーミカンも帽子、似合ってるよ!」
ミカンの服装は、先日買った橙色の帽子に黒いジャケット、そしてスキニージーンズだ。ミカンは背も高いし脚も長い上、それをを履くとその細さが顕著にあらわれる。羨ましいなこんちくしょー。
同居人のスタイルの良さに劣等感を抱きながら、同時に見惚れながら、私はスニーカーを履いて玄関扉を開けた。
◆
ミカンは街並みを歩きながら、外食の理由を嬉しそうに教えてくれた。
「この前林檎が寿司を買ってきてくれただろう。あれが思ってたよりも美味くて、なんか無性に食べたくなったんだ」
だから回転寿司に行こうと、そういう訳らしい。そういえば回転寿司なんて久しく行ってないなぁと、最後に行った記憶を掘り起こす。……二年前か、うん。そりゃ久しぶりだ。割と近所にあるのに、一度も行っていなかったのが逆に不思議である。
そんなことを考えてながら歩いていると、ふとミカンが車道側にいることに気が付く。車道側は危ないと思い、差し掛かった曲がり角で私が車道側に回った。
「……」
「……え?」
不満そうな表情のミカンに腕を引っ張られ、私が戸惑っている間に立ち位置が再び入れ替わってしまった。
車道側を歩きながら、満足そうに手を握ってくるミカン。しっかり繋がれたその手には、車道側は譲らないぞという意志が強くあらわれていた。
「……車道側危ないよ」
「だからだよ」
ミカンは少し身をかがめ、私の顔を覗き込むようにして微笑んだ。
「林檎を守るのは、私の役目だからな。大人しく歩道側歩いてろ」
「はぁ彼氏かよ……ミカン大好き」
「私の方が好きだぞ」
「なんなのミカン、今日変だよ!? 尊死しちゃう!」
熱くなった頬を空いている方の手で撫でながら、必死に平常心を保とうと試みる。ミカンはそんな私をからかうように笑っていた。
「もう……なんでそんなに好き好きオーラ出してくるの」
「寿司が楽しみで仕方なくてな」
「つまり……寿司寿司オーラ?」
「やっぱ林檎車道側歩け」
「ごめんなさい」
繋いだミカンの手は温かかったけど、私の渾身のギャグには冷たかった。