↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の同居人(ペット)は狼女です。  作者: 凛之介
第4章
120/122

君と曇り空の下で

 青々と広がる草原、点在する北欧系のテント。目の前でいい音を立てながら焼かれている、立派なスペアリブ。

 非日常的でどこか幻想的なそれらから視線を上げると、そこには果てしない曇天。


「こういうのって快晴が相場じゃないの……?」

「天気はどうしようもないじゃないですか。ほら、お肉も野菜も焼けましたよ!」


 天候など欠片も気にせずに、満面の笑みを浮かべながらトングでスペアリブを持ち上げる桃。

 そんな彼女を一瞥してにこりと微笑んでから、私は呟いた。


「なんで私たちキャンプしてるの?」


 ◆


「正確にはグランピングキャンプです!」

「うるさいわね、そこはどうでもいいのよ」


 通常のキャンプとは異なり、テント設置やら食事の用意やらが不必要という点では確かに楽だ。そういう意味では、グランピングであるという事実は大事かもしれない。

 だがしかし私が今気にしているのはそういうことではない。

 いい感じに焼けているピーマンとベーコンを取り皿に乗せながら、私は溜め息を吐く。


「折角の連休なのに、なんで突発的にキャンプしてるのかってことよ」


 私の問いに、桃は口いっぱいに頬張った肉を咀嚼、ごくりと飲み込んでから、さも当然のように答えた。


「一昨日グランピングしてみたくなって、たまたま今日空きが出てたので」

「だから、なんで急にやりたくなるのよ」

「グランピングキャンプの動画見てたらやりたくなっちゃって」

「……もう作業しながら動画も見るのやめなさい」


 テレビといい動画といい、影響されやすさに加えてこの行動力。相変わらず私は桃に振り回されてばかりだ。

 自分では絶対に提案しないようなことだからこそ、良い経験になると言えば聞こえはいいのだけれど。

 呆れる私を宥めるためか、それとも気にしていないだけなのか。桃は「ほらほら」と上機嫌で私の取り皿にどんどん食材を盛ってくる。


「初めてのグランピング楽しみましょうよ! 折角の連休なんですし」

「私はそうだけど……貴女締め切りは?」


 もう一つ気になっていたことを真っ直ぐにぶつけると、桃の身体が硬直する。暫く無言の時間が続いたのち、桃は悟りを開いたかのように穏やかな笑顔を浮かべた。


「苺さん。作家に連休はありません」

「だから言ってるのよ」

「美味しいもの食べてる時に仕事の話やめましょうよ……」


 言葉尻の方がやや震えている。穏やかな表情に反して目にはうっすら涙が浮かんでいたので、私は短く謝り、これ以上触れるのをやめた。

 恐らく筆が進まずに不調が続いているのだろう。これで気分転換になって仕事の調子を取り戻せるなら、安いものなのかもしれない。

 私は端数で余ったでかいウインナーを、桃の取り皿に乗せてあげた。


 ◆


 絶対に余る。そう思ったほど潤沢に用意されたBBQの食材も、いざ食べ始めてみれば二人であっという間に平らげてしまった。野菜も肉も非常に美味しく、キャンプであることを忘れるくらい贅沢な食事だった。


「お腹いっぱい……動けないです」

「腹ごなし用に貴女が持ってきたバドミントン、持ち腐れね」


 敷地内のハンモックに横たわって、半ば放心気味に揺られている桃。そんな彼女を横目に、私は桃が持ってきた鞄をチラリと見て呟く。

 私としては好都合なので喜ばしいのだけれど……余計なことを言ってしまったとすぐに後悔した。


「いえ……やりましょう! 腹ごなし兼、日頃の運動不足解消です!」

「や、やらなくてもいいんじゃないかしら。というかやりたくな――」

「折角ですから! ほら、原っぱ行きましょ!」


 先程までの撃沈ぶりは何処へやら。意気揚々と鞄と私の手を取ってキャンプ場内の広場へ駆け出す桃に、私は諦めて引きずられていった。




 広場では何組かの宿泊客たちが遊んでいる。親子連れでキャッチボールをしていたり、カップルでバドミントンをしていたり……。(はた)から見たら、私たちもあんな風に見えてるのかしら。


 ぼうっと眺めながら現実逃避していると、少し離れた場所から桃に声をかけられ、我に帰る。うっかり落としそうになったラケットをぎゅっと握り直した。


「苺さん、いきますよー!」


 そう言った桃は、手にしていたシャトルを上に投げ、軽快な音を立てながら、ラケットでこちらへ打ち飛ばした。


 ――もう、観念しよう。


 私は飛んできたシャトル目掛けて、ぎこちない動きでラケットを振り下ろした。

 ぼこん、と間抜けな音と共に、シャトルが地面に落ちる。

 気まずい空気が流れ、「えっと……」と桃がこちらへ近づいてシャトルを拾いながら、優しい目で私を見つめた。


「苺さん、もしかして運動音痴ですか……?」

「……悪かったわね」


 年上としての威厳が一つ、音を立てて崩れ去った。

 だからやりたくなかったのに………。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。