君を誰かにとられたくなくて
「鈴木さん、今日呑み行かない?」
お昼休み。社員食堂で回鍋肉を食べていた私に、新田先輩は私の対面に腰を下ろしてそう誘ってきた。
「呑み、ですか」
「そ。うちの部署で行くんだけど、鈴木さんいつも不参加じゃない。たまには鈴木さんとも呑んでみたいなーって」
「お誘いはありがたいんですけど、金曜以外はお酒飲まないようにしてるんです」
今日はまだ木曜日だし、いくら職場の飲み会とはいえ、ミカンとの約束を破りたくない。じゃあ参加だけして呑まなきゃいい、なんて言われるかもしれないが、周りがみんな少なからず酔っている中で自分だけが素面というのは、精神的に辛い。これは経験談。新田先輩は「そっか、残念」と眉を下げてほほ笑んだ。少し申し訳なさを感じながら、回鍋肉を口に運ぶ。
「じゃあ鈴木さん。私と明日、二人で呑まない?」
「え」
ふくれっ面、鋭い目つき、暴れるしっぽ。ミカンはただ今、絶賛不機嫌で不貞寝してます。
「ねぇミカン機嫌直してよー」
「ふん。林檎なんて酔い潰れて新田苺さんとやらに幻滅されればいいんだ」
いつも金曜日はミカンと二人でプチ宴会をしているのだが、明日新田先輩との呑む約束を立てつけてしまったがためにご立腹なのだ。だってあの人ずるいんだよ、上目遣いと涙目のコンボで「私と呑むの、いや?」なんて言われたら断れるわけないじゃん。
というか、この前「好きな人ができたら、私のことは気にしなくていい」とか言ってたのに(酔ってたから詳細は覚えてないけど)、実際他の人と予定を作るとこれだもんなぁ……。しかも何を勘違いしたのか、新田先輩を恋敵として認識しているようだ。
「ミカン、もしかして私が新田先輩にとられると思ってるの?」
「……」
私に背を向けて寝転がったミカンはシカトを決め込む。私はため息を吐いてその灰色の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。ミカンの尻尾がそれに反応し、縦に小さく揺れ動く。多少乱雑に撫でたほうが喜ぶことを、私は知っている。何年一緒にいると思っているのだ。
「私の好きな人はミカンだよ。それは絶対変わらない」
その言葉に、ミカンは少しこちらへ顔を向けた。目は少し潤んでいるように見える。
「……本当に?」
「本当に」
「……なら、いい」
安堵したように表情は柔らかくなり、布団を握っていた手が緩んだ。
「浮気したら許さないからな」
「それが本音?」
「……本音だ」
「最初から素直にそう言えばいいのに」
「だって……」
そこまで言いかけて、ミカンはまた表情を曇らせる。
「私が林檎を好きでも、林檎がどうかわからないじゃないか……」
やれやれ。普段のクールなミカンはどこへ行ったのやら。不安そうなミカンの顎に右手を添え、上に傾ける。そして――
「んぅ……」
「っぷは、これで分かった?」
真っ赤な顔のミカンを撫で繰り回し、その夜はそのまま、夜の営みを経て眠りについた。