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柊メンタルクリニック  作者: 結城智
第1章 出逢い
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第4話 償い

 その後、蕎麦屋から出た僕等は、仙台泉方面へ向かい、久々にカラオケに行き、夜は一緒に飲んだ。3件ほど店をはしごし、代行で家に着いたのは、夜中の1時だった。


 翌日は日曜日。


 僕は11時過ぎに目が覚めた。目が覚めたというより、母さんに叩き起されたという方が正しい。「いつまで寝てんの。お昼ご飯出来てるわよ」という、誰もが親に言われるフレーズで起こされる。幸い寝起きはいい方なので「後、十分だけ」なんていう悪あがきはせず、僕はすぐに布団から出た。


 階段を降り、居間に行くと、父さんがテレビを観ていた。


「おはよう、父さん」

「ああ、おはよう。なんだ、昨日は飲み会か?」

「まあね。拓の二人だったけど」

「そうか。拓君とはずっと仲良しだもんな。それはいいことだ」


 と、父さんは一応、受け答えしてくれてはいるが、完全に視線はテレビの方向だ。そんなに面白いテレビなのか、視線をテレビに移すと、どうでもいいニュースだった。


 息子の話しは、そんなに退屈か、父さん。そんなんじゃ、息子はグレてしまうぞ。


 まあ、実際に僕が「グレてやるぞ」と言ったら、父さんは「面白そうだな。グレてみたらいい」と、変な興味スイッチが入りそうだから、辞めておこう。父さんマイペースだし、変な感性しているからな。


 とにかく、今日も父が、普段と変わらない姿で一安心だ。


「歩。お姉ちゃんに、ご飯持って行って」


 座布団に腰を落とそうとしたところ、母さんの指示が飛んできた。


 相変わらず、人使いが荒い人だ。今となっては、たった一人の息子だというのに、もう少し労ってくれないものかね。と、僕は渋々と台所から、小さな器に入ったカレーライスを手に取った。


 居間の隣りにある寝室に、姉さんの仏壇がある。


 僕はカレーライスの器を仏壇に置くと、線香に火を点けた。香炉にさし、りんを鳴らして、目を閉じ、両手を合わせる。もう、この作業も日常化かしているな。


 姉さんが死んでもう6年が経つ。


 交通事故ではなく、自殺で失った大事な家族。正直、我が家、月島家は完全に崩壊すると思った。それくらい当時、僕達は悲しみに打ちひしがれていたのだ。


 自分が姉さんに異変に気付き、助けてやっていれば。そう思ったのは当然、僕だけではない。父さんも、母さんも同じ罪悪感と喪失感に押し潰された。


 僕も最初の1週間くらいは、頭がおかしくなりそうだった。一番のピークは葬式で姉さんが火葬される瞬間。僕は突然気持ち悪くなり、トイレに駆け出し、食べたもの全てを吐いた。それでも気持ち悪さは留まらず、トイレからしばらく出て来れなかったくらいだ。


 それでも、僕達は立ち直った。いや、立ち直った振りをすることが一番、最良の選択だということを、幸いにも父さんや母さんは、早い段階で気付いていたのかもしれない。


 それを知る切っ掛けとなった、エピソードがある。それは姉さんが死んで二年くらい経った頃、父さんが僕に言った言葉だ。


「お姉ちゃんが死んだ時さ、思ったよ。子供が二人いて良かったって」


 あれは確か父さんと二人で、日帰り温泉に行った時の帰り道。車内で不意に、父さんが思い出話をするような、懐かしそうな顔をした。


「どうして?」


 最初、父さんの話し半分、車内で流れる音楽を半分。中途半場な状態で話しをしていた僕が、話しの方に意識が完全に向いた瞬間だった。


「子供がお姉ちゃんだけだったら、俺も、そして母さんも立ち直れなかったと思うんだ。あの時、お姉ちゃんが死んで、絶望に沈んでいたけど、歩がちょうど中学三年の受験生だったし。家族のために俺は仕事に行って、家族を養う必要がある。母さんも歩の為にも、家事をこなさなくちゃいけない。立ち直ることが、親の務めだと思い込んだ。きっと、俺達は悲しくても、子供の為に立ち直らなきゃいけないと思ったんだ」


 それは希望を意味するのか、はたまた絶望だったのか。どっちにもとれる複雑な表情を浮かべて、父さんはしゃべり続ける。


「人は役割を持つと、時にその責任に潰されそうにもなるが、同時に強くもなれる。お姉ちゃんの代わりなんていない。それでも、やっぱり、歩の存在は俺達には大きかったよ」

「ふーん」


 僕は上の空で聞いている感じの空返事を返したが、内心恥ずかしい気持ちで一杯だった。さらっとこういう恥ずかしいことを言える、マイペースの父さんだから出来る芸当だ。


 あの時、懐かしそうに話す父さんの横顔は、4年以上経った今も鮮明に覚えている。


 その後、僕も姉さんの死を切っ掛けに、カウンセラーを目指した。父さんも母さんも、僕の夢を応援してくれた。でも、カウンセラーになる理由が、姉さんが死んだのが切っ掛けだとは、両親には話していない。僕がそれを口にしなくても、両親は少なからず、姉さんの死は大きく関係してことは察していたはずだ。


 ただ、両親はきっと、僕がカウンセラーを目指すのは、お姉ちゃんのような人達を助けたい。という、純粋な動機だと思ってはず。それが償いという後ろ向きな動機だとは二人共、知らないはずだ。


 というのも、姉さんが死ぬ前、姉さんが僕に助けを求めていた事実については、拓といった友達だけではなく、両親にも話していなかった。


 話すことなど、出来るはずがない。話したら、僕は両親に罵倒される。いや、罵倒で済めばまだいい。最悪、勘当されることもありえる。僕はそれが怖くて、ずっと誰にも話さず、隠していた。


 だから、この事実は口が裂けても話さない。墓場まで持っていく覚悟だ。


 結局それぞれ、異なる理由ではあるが、立ち直る理由。立ち直らなければいけない理由を胸に抱え、もう一度人生のスタートラインに立ったのだ。

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