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柊メンタルクリニック  作者: 結城智
第1章 出逢い
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第1話 釣り

 日差しが眩しく、照らしつける太陽の蒸し暑さが、鬱陶しいと思う日が続いていた。


 七月。季節は夏だから、この暑さも仕方ない。早く涼しくなって欲しいものだ。まあ、冬が来たら、今度は夏が恋しくなるのだろうけど。


 僕は運転席でハンドルを握り、慣れない道を走る。助手席には友人が乗っていた。


 僕の名前は、月島歩つきしま あゆむ二十一歳。大学三年生だ。


 将来はカウンセラーになるために、心理学科部に所属している。大学在学中に認定心理士を取得、卒業後は認定心理カウンセラーの取得を目指し、就職も当然、カウンセリングに関わる仕事に就きたいと考えていた。


「今日は釣りをするのに、絶好の天気だな」


 助手席に座っていた友人が、上機嫌にカーナビを操作している。


 彼の名前は、宇佐美蓮うさみ れん同い年の友人だ。


 大学が一緒で、蓮は体育学科に所属している。将来の夢はまだ漠然としているようだが、教育に携わる仕事をしたいと以前、酒を飲んだ時、饒舌に話していたので、将来は教員になるのではないかと勝手に解釈している。


 口数が少なく、感情を表に出さない僕とは対照的に、蓮は明るく、サバサバしている。第一印象は皆、爽やかな人、という印象を持たれることが多い。身長も180センチと高く、容姿もイケメンといえる顔立ちだ。蓮とは小学生の頃からの幼馴染。女の子には、とにかくモテるので、告白されたという噂を耳にするのは、珍しくない。内心、死ねばいいと思っている。あっ、嘘。冗談だよ。


 今日は土曜日。互いに学校とバイトの両方が休みということもあり、今日は蓮の方から、釣りに行こうと誘われた。


 早朝八時に待ち合わせてから、車を走らせて、塩釜港に到着したのは九時頃。到着早々、蓮は鼻歌を歌いながら、釣竿を組み立てていく。その一方で、僕は釣竿を持たず、代わりに小説を持ち、桟橋に腰を落とした。


 急なカミングアウトになるが、僕は釣りが好きじゃない。釣竿を垂らしながら、海を眺める風情はとても魅力的だが、魚が釣れたら最悪だと思っている。竿が引いた途端「ウギャー」と、悲鳴をあげて、釣竿を海へ放り投げるはずだ。


 これは釣り好きな人にしてみれば、意味不明な発言だと眉を顰めるだろう。要は魚を触るのが怖いのだ。ヌルヌルして気持ち悪いだろう。


 えっ、女みたいな奴だなって? それは偏見だよ。虫好きな女の子もいれば、虫嫌いな男もいる。一方、お菓子作りが好きな男もいれば、嫌いな女の子もいる。今の時代、趣味に性別は関係ない。


 話しが脱線してしまったが、結局、僕は蓮に「釣りは好きになれそうもないけど、海を眺めるのは魅力的だよ。だからさ、僕だけ釣り針に餌をつけないで、釣りするのはどうかな?」と、提案すると、蓮は苦笑しながら「歩は小説でも読んでいたら?」と、言われて以降、僕は蓮と釣りに行くと必ず、読みたい小説を持参するようになったのだ。


 頬に当たる風が心地よく、波の音が心を落ち着かせ、僕は小説の世界へとダイブする。


 それからどれくらいの時間が過ぎただろうか……。


「歩。小説、一区切りしたら、行こうぜ」

 

 小説の世界に心地よく入り込んでいたら、それを遮断するように蓮の声が入り、僕は現実に引き戻される。視線を移すと、蓮は釣竿を片付けている最中だった。


「あれ、もういいの?」

「ああ。結構、釣れたし」


 満足そうに、蓮はクーラーボックスに手を当てる。


 結構、釣れた? この数分の間にか? 僕は疑問に思いながら、スマホを開き、時間を確認した。


「うわっ、もう十一時」


 驚いてスマホを二度見してしまう。ほんの数分かと思っていたが、もう二時間ほど経っていたようだ。


 僕は小説のページにしおりを挟み、その場から立ち上がった。


 車のバックドアに、釣竿とクーラーボックスを入れ込み、蓮が助手席に乗り込んだところで、僕はエンジンをかけ、車を出発させた。




「ご飯、リクエストあるか?」


 車を出発させると、蓮はスマホを操作していた。昼食の場所を検索するようだ。


「今日は暑いしね。なんか、冷たいものがいいな」

「冷たいものねぇ」


 漠然とした僕の要望に、文句一つ言わず、蓮は考え込むように唸りながら、検索を続けていた。

しばらく二人の間に、無言の時間が流れる。車内にはラジオで懐メロが流れ、僕は懐かしくなり、音楽の方に耳を傾けていた。


「おっ、ここなんかいいんじゃないか?」


 店のピックアップが出来たのか、蓮が声をあげる。とはいえ、僕は運転中なので「どれどれ?」なんて、蓮のスマホを覗き込めない。覗いた瞬間、今僕の横切ったトラックと衝突していただろう。


「ここから、10キロくらいだな。民家でやっている蕎麦屋みたいで、口コミの評価も高い。感想に『私が食べた蕎麦屋の中で、三本の指に入る美味しさ』って、評価されてるぜ」

「それさ、どれだけの蕎麦屋を食べ歩いたかにもよるよね」


 五店舗くらいの蕎麦屋しか行ってないのに、三本の指に入る美味しさって言われても、説得力に欠ける。


「そんな細かい突っ込みするなよ。うまいなら、それでいいじゃねぇか」


 それもそうだ。蓮はそのまま、蕎麦屋の住所をカーナビに入力していく。僕はその案内に従って、車を走らせるのであった。

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