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柊メンタルクリニック  作者: 結城智
第2章 依頼
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第16話 説得

 僕は近所にある公園にくるみちゃんを呼び出した。


 この公園に入るのは久々だ。


 ブランコ、鉄棒、砂場、ベンチしかない小さな公園。秋から冬に季節が変わろうとする今、十六時前であっても空がオレンジ色の夕焼けに変わっていく。


 誰もいない公園のブランコを見つめていると、後ろの方から足音がして、僕は振り返る。

そこには制服を着たくるみちゃんが立っていた。


「くるみちゃん。久しぶり」


 僕が開口一番にそう言うと、くるみちゃんはニコリと笑う。その笑みはくるみちゃんには、不似合いな作り笑顔だった。


「珍しいね。歩ちゃんが、呼び出してくるなんて」


 蓮の言う通り、くるみちゃんの様子には違和感があった。元気がないのに、無理に明るく振る舞おうとしている姿。


 こういう姿を見るのは初めてではない。くるみちゃんは一見、明るいから、無邪気で我儘な印象があるが、実際は違う。常に人の顔色を見ながら、気遣いを欠かさない子。だから、人に心配かけまいと、無理に明るく振る舞うことがある。


 でも、今回はその度を越えていた。目には見えないが、くるみちゃんの体に纏ったオーラが真っ黒になっている。


「今日、部活はなかったの?」

「……部活は今日、活動なくて」


 僕の問いに、くるみちゃんは目を伏せながら答える。


 嘘だな。と速攻、わかった。


「ごめん、嘘。今日は休んだ」


 こちらが確認する前に、くるみちゃんがすぐに訂正してきた。実際のところ、今日は、ではなく、今日も、なんだろうけど、ここは触れておかない方がいいだろう。


 「ごめんね。くるみちゃん」


 間髪入れず、僕が謝ると、えっ? という驚いた顔で、くるみちゃんは顔を上げた。


「お母さんの件、くるみちゃんの中で、まだ心の整理がつかない状態だったのに。無理に外へ出してしまった」


 くるみちゃんはこれ以上、僕に心配かけまいとして、部屋から出てきたのだ。それが結果として、凶と出てしまった。


「それは違うよ。歩ちゃん」


 罪悪感を抱える僕に対し、くるみちゃんは否定する。その目は、嘘ではない真っ直ぐな目をしていた。


「無理にでも、部屋から出たのは良かったよ。あのまま、部屋に閉じこもっていたら、それ以上に良くなかったと思う。気持ちが病んでいても、日の光は浴びた方がいいって言うし。だから、歩ちゃんには感謝しているよ」


 気持ちが落ち込んでいる状態でも、冷静な言葉を口にするくるみちゃんに、僕は面食らった。くるみちゃん自身は、早く立ち直りたいと思っている。それは間違いないと思った。


「ねぇ。くるみちゃん」

「なに?」

「一緒に、カウンセリングに行こう」


 僕は覚悟を決めて、くるみちゃんに伝えた。すると、くるみちゃんの動きがぴたりと止まる。途端、二人の間に沈黙の空気が流れた。


「それは嫌。歩ちゃんのお願いでも、それだけは聞けない」


 それはいつも素直に応じてくれる、くるみちゃんの珍しい抵抗だった。こないだの件もあったから、もしかしたら案外、説得も簡単にいく。無意識に僕もそう思っていたのかもしれない。


 くるみちゃんの拒否に僕は面食らってしまった。その目はテコでも動かない、そんな強い抵抗力があった。


「ごめんね。カウンセラーを目指している歩ちゃんの前で言うのは失礼だけど、私はそういう場所に行きたくない。頼りたくないの」


 くるみちゃんの言葉に、僕はなるほど。と思った。


 ストレス社会で、心に病を持つ人が増えるこの現代でも、カウンセリングを受けること自体に抵抗を覚える人は少なくない。


 自分が病んでいることを認めたくないのだ。実際、無理にカウンセリングへ連れて行くのは逆効果になると言われている。そうした場合、保護者が代わりにカウンセリングに行く、という流れが自然だが、それも難しいだろう。


 蓮のお母さんが死んだ。という現実に苦しんでいるのは、くるみちゃんだけではない。


 保護者である蓮のお父さんも今、人のフォローを出来る気持ちの余力がないと僕は考えている。大人だから、大丈夫という考えかたは間違っている。社会という複雑な組織にいる大人だからこそ、気を張り続けて精神を保っている。その代わり、崩れた後は子供よりも元の生活に戻るのは難しいとすら言われる。


 とはいえ、その代行を僕に出来るかといったら正直、自信がない。


 無理強い出来ないからこそ、くるみちゃんの嫌、という一言で、八方塞がりの状況となってしまう。


 しばらく僕がくるみちゃんの話しを聞いてあげるか。しかし、それは時間稼ぎでしかないし、僕の存在がくるみちゃんの助けになるとは思えない。


 なにか起点となる切っ掛けを作れないだろうか。不意にそんなことを考えていると、あることを思い出し、僕はポケットから財布を取り出した。


「えっ。お小遣いくれるの? 私、別にお金には困ってないけど」


 いきなり財布を出したことで、くるみちゃんに変な勘違いされる。


「いや。その、どうせだからさ、近くのバスタでお茶しない。奢るよ」

「なにか企んでいる?」

「企んでないよ」

「本当? ヤダよ。お茶とか言って、カウンセリングみたいな話ししたら。私、怒るからね」


 本当に嫌なのか、上目遣いで見つめるくるみちゃんの目が少し涙目だ。


 実際のところ、あるものを探す為、財布を取り出したのだが、嘘を付く為に一緒にお茶へ行く方向になってしまった。


 まあ、呼び出した以上、このまま、さよなら。というわけにもいかないとは思っていたが。


 ああ、あった。


 財布から出てきた一枚の名刺。


 柊メンタルクリニック。


 カウンセリングを必要とする当事者とは直接話しをせず、当事者を助けるシナリオを作り上げる。それは時として、直接カウンセリングをしても、お手上げになってしまうような患者を救うこともあるという。


 それが本当か、嘘かはわからないが、カウンセリングを受けたくないと言っている、今のくるみちゃんにはもってこいの駆け込み寺だ。


 その後、僕はくるみちゃんとバスタでお茶をした。


 くるみちゃんの希望通り、お母さんの話しは一切しなかった。


 互いの学校の出来事、部活の話しや蓮の話し等。いつもと変わらない日常的な会話ではあったが、その日はあまり話しが盛り上がることはなかった。


 くるみちゃんが無理をして、明るく振る舞っているのは、鈍い僕でもわかった。




 その日の夕方。僕は【柊メンタルクリニック。柊和花】の名刺に書かれている電話番号に連絡した。表示されているのは固定電話ではなく、携帯番号だった。


 少し緊張する中、数回のコール音で、電話が繋がった。


「もしもし。あの、月島と申しますが」


 和花さんと最後に会ったのは三ヶ月前。さすがに和花さんも僕を忘れていると思い、慎重に切り出した。


「あら、歩君。久しぶり。また、あなたの声が聞けるとは思わなかったわ」


 誰だ、お前? みたいな感じになるかと思ったが、和花さんは僕のことを覚えていてくれた。


「ご無沙汰しております。あの、突然なんですけど、明日、そちらにお伺いしていいですか?」

「残念。明日はうち、定休日なのよ」

「いえ。そうではなく、カウンセリングの件で」


 単刀直入にそう切り出すと、和花さんの声が一瞬、止まる。僕は構わず、続けた。


「その、友人の妹なんですが。最近、母親の事故で亡くして。元気がないのは当たり前なんですが、その様子が気になって」

「歩君は話しを聞いてあげたの?」

「はい。でも、母親の話しはしたくないと」

「そう。でも、まずは一般的なカウンセリングに行くことを勧めるわ」

「いや、そうしたんですが。本人は絶対に行きたくないと。カウンセリングを受けることに抵抗があるようなんです」

「そう」


 和花さんは考え込むように黙り込む。疑っていたわけではないが、真剣に話しを聞いてくれて、少し安心した。


 が、沈黙の時間が想像以上に長い。緊張のせいか、額に汗が滲む。ただ、口は挟まず、息を飲んで、僕は和花さんの回答を待つことにした。


「……わかった。明日、午前中はダメだけど、午後一からは私と柚、どっちも予定が空いているから」

「それは伺ってよろしいと?」

「それ以外、どう聞こえるのかしら」


 バカな質問だったのか、和花さんは呆れたような声を出す。前日予約は厳しいと踏んでいたので、すんなりと話しが通って、まずは一安心だ。


「ありがとうございます。では、また明日」


 最後、僕はそう言って電話を切った。そして、電話を切った後、僕は蓮に電話を入れるのであった。

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