第15話 暗中模索
あれから、三週間の月日が流れた。僕は大学の授業を終え、廊下に出る。
誰かの視線が感じると思ったら、離れた位置に蓮が立っていた。
「どうしたの、蓮?」
すぐに僕は蓮に駆け寄る。
「ごめんな。忙しいところ。少し時間いいか?」
普段の蓮には考えられないほど、遠慮がちな口調だった。いつもなら、僕の都合など構わず、歩み寄ってきて、肩に手を回してくる奴なのに。
蓮と会うのは、葬式に行って以来なので、三週間ぶりになる。
避けていたわけではないのだが、蓮もここ最近は学校を休みがちでいたので、僕もしばらく様子をみていた。そして、気付けば、三週間も過ぎてしまったわけだが。
「構わないよ。今日はもう、授業ないし」
「よければ、外で話したいんだけど」
「うん。いいよ」
「ありがとう」
他人行儀な口調で、蓮は頭を下げる。
僕は内心、気分が悪かったが、親を失ったばかりの人間だ。普通にしている方が変なのかもしれない、と思い、下手な突っ込みはしないでおいた。
僕達は外に出て、キャンバスにあるベンチに腰を落とす。
外に行って、ベンチに座るまでの間、僕達に会話がなかった。さすがにベンチに座ったら、喋り出すのかと思ったが、蓮は座ってから空を見上げて、なかなか喋り出そうとしない。
「いい天気だな」
「そうだね」
僕もつられて空を見る。快晴の空。本当にいい天気だ。
てか、なにこれ?
蓮がいい天気だね。という言葉を口にすること自体が違和感で、寒気がした。これは思った以上の重傷だ。
蓮の方に視線を向けると、蓮はまだ空を見上げていた。
なにかあったのだろうか? 心当たりがありすぎて、どれが該当しているのかが、判断つかない。
「そうだ。くるみちゃんはどう? 少しは落ち着いた?」
何気ない質問。が、それが禁句だったのか、その質問を口した途端、蓮は僕を鋭く睨みつける。最初は鋭い形相かと思ったが、すぐに弱々しくなり、ついには両手で顔を塞ぎだした。
「歩……どうしよう」
「どうしようって、なにが? 意味不明なんだけど」
いきなり、泣き言を口にする蓮。
意味不明だ。まあ、親を失ったばかりの蓮に対して「意味不明なんだけど」って言う僕も配慮に欠けているが。
「くるみさ、歩のおかげで、部屋には出るようになったんだけど」
「だけど?」
蓮の言葉をそのまま、僕はオウム返しする。ここは聞き役に徹した方が良さそうだ。
「なんか、元気ないんだ」
「まあ、お母さんが死んで、まだ三週間だしね」
別に不思議なことじゃない。むしろ、完全に立ち直っていた方が異常だ。
「いや、そういうことをじゃなくて」
僕の突っ込みに、蓮は頭を抱える。しまった。聞き役に徹するはずが、余計な口を挟んでしまった。
「凄く、無理しているように思えるんだ。俺や父さんの前で、普通に接しているけど。やっぱり、おかしいんだ」
ジェスチャーするように、両手を動かす蓮。言いたいことを的確に伝えるのに必死な様子だ。
どういうことだろう? とは思わなかった。心当たりがある僕は、複雑な心境になった。
「すまない。きっと僕のせいだ」
「えっ?」
「僕がくるみちゃんを部屋から出るよう、無理に説得したせいだ。気持ちの整理が出来ていない状態で、私生活に戻ってしまったから」
体が動いても、心がついていかないのだ。僕は選択を謝った。このまま無理をすれば、最悪、くるみちゃんは体まで動かなくなるかもしれない。
「違う! 歩のせいじゃない。むしろ、くるみを部屋から出してくれただけでも、俺は歩に感謝している。今、確かに心ここにあらずって感じだけど、あのまま、部屋に閉じこもっているよりはマシだったはずだ」
庇うように蓮はフォローを加えるが、僕の気持ちは晴れない。
本当にそうだろうか?
確かにずっと閉じこもっているのもよくはないが、無理に外に出ると外部との接触も多くなる。その分、リスクも高くなる。
誰かのちょっとした言葉が、今のくるみちゃんには大きな打撃になるはずだ。このままでは、後戻りできない自体にだってなりうる。
くるみちゃんは優しい子だ。あの時、困惑する僕に心配かけまいと、無理に気持ちの整理をかけたに違いない。
「蓮。くるみちゃんさ、お母さんの死が、自分の責任だって言ってたの、知ってる?」
先日、くるみちゃんが言っていた言葉。念のため、蓮に聞いてみたら、眉間に皺を寄せていた。
「なんだよ、それ」
どうやら、知らなかったようだ。
参った。これは範疇になったな。僕に打ち上げたのだから、その後、蓮にも話していると思っていた。
「くるみちゃん、自分がお母さんにケーキ食べたいって言わなければ、あの日、ケーキ屋にいかなくて済んだって。だから、お母さんを殺したのは自分だって」
僕はことの詳細を完結に話す。
「は? それは、たまたまだろ」
理解できないといった様子で蓮は腕を組む。確かにそう思うのが自然だ。あくまで、第三者の人間は。
「でも、本人はそう思っていない。くるみちゃんは、責任感の強い子だ。自分がお母さんを死なせたと、今も責任を感じているのだと思う」
そう伝えると、蓮は苦虫を噛み潰すような顔をした。
「ごめん。この話し、もう知っていると思った」
「知らねぇよ。歩だから話したんだろ」
「なんで?」
「な、なんでって、お前な」
途端に決まりの悪そうな顔をする蓮。僕の顔を凝視すると、なにかを言いかけそうになったが「まあ、いいや」と言って、口を噤んでしまう。
なんだ、一体? 蓮の態度が気になるが、今はスルーしておく。
「蓮。相談があるんだけど」
「なんだよ、改まって」
「くるみちゃん。一度、カウンセリング受けたらどうだろう?」
「そこまでまずいのか? くるみの奴」
火に油を注ぐ形になってしまったか。カウンセリングという言葉を耳にして、蓮の顔は更に陰りをみせる。
「わからない。放っておいても、時間が解決してくれるかもしれない。でも、そうならなかった場合」
そうならなかった場合。どうなるか。その続きの言葉が詰まってしまう。
とにかく、心配するに越したことはない。取り越し苦労だったというオチだったら、歩は大袈裟だなぁって、蓮に失笑されて終わるだけ。それで済むなら安いものだと思う。
「誰か紹介してくれるのか?」
「ちょっと、先生に相談してみるよ」
心理学科の植木先生に相談すれば、いいカウンセリング場所を紹介してくれるかもれない。
「でもさ、くるみの奴、素直にカウンセリング受けるかな? ほら、あいつ、そういう場所、嫌がるタイプだし」
蓮は腕を組み、首を傾げながら複雑そうな顔をする。確かにくるみちゃんの性格上、そういう場所に行くこと自体、抵抗を覚えるタイプかもしれない。
「でも、今は首に縄を付けてでも、カウンセリングさせるべきだよな」
「いや、そこまでしたら、逆効果だね」
説得に失敗したら、カウンセリングを受ける以前に、兄妹の関係に溝が出来てしまうだろう。
蓮の言うことは懸念材料の一つ。カウンセリングを行いたくないと、くるみちゃんが拒めば、無理強いは出来ない。
ここは慎重に動く必要があるな。
「くるみちゃんには、僕が説得して、カウセリングに連れて行く」
「えっ。マジで」
僕がそう言うと、蓮はぎょっとした顔をする。
「うん。こうなったのは僕の責任だから」
「いや、だから、歩のせいじゃねぇよ」
蓮は険しい顔で否定する。庇ってくれるのは嬉しいが、少なからず、僕に責任があるのは間違いない。
僕は不意に自分の手を見つめた。
あの日、あの時、泣きながら僕を見つめるくるみちゃんの顔。そして、くるみちゃんの頭を撫でた感触が鮮明に蘇ってくる。
やはり、僕では力不足だった。今のくるみちゃんには、プロであるカウンセラーの力を借りる必要がある。
その後、僕は蓮と別れを告げ、植木先生に会い、カウンセラーの先生を紹介してもらった。
そして、僕はすぐにくるみちゃんに連絡を取り、会う約束を取り付けるのであった。




