第13話 大切な人の死
十月。その日は普段通り、午前中は大学の講義を受け、夕方からはバイトをしていた。
バイトを終え、スマホを取り出すと、母さんから着信が2件入っており、メールでも【携帯見たら、電話をよこしなさい】という内容のものがあった。
てっきり、なにかの本を買ってきて。という内容かと思い、僕が電話する。
しかし、電話の出た母さんの第一声の声が明らかにいつもと違う、暗いものだった。
「歩。あのね、近所からの連絡で知ったんだけど」
近所からの連絡。全く予想外の切り出しに対し、僕が黙って耳を傾けていると、
「蓮君のお母さん、交通事故に遭ったみたいなの」
えっ、蓮のお母さんが交通事故。
「嘘。でも、蓮からそういう連絡はないけど」
「そう。歩には連絡が入っているかなと思ったけど。きっと、今も病院なのかしらね。無事だといいけど」
交通事故といっても、どれほどの事故だったのか予測もつかない。ただ、この時、嫌な予感が頭を過り、母さん同様、大した事故でないことを願う。
その後、蓮から事故の連絡を受けたのは、翌日の朝、八時頃だった。
「あのな、歩。母さんが昨日事故にあってさ」
第一声。蓮のよどんだような暗い声に対し、僕の体に悪寒が入る。
昨日から全然、連絡がない時点で嫌な予感はしていた。ただ、予感なんていつも当たらないし、大丈夫だろうと思っていた。思い込もうとした。
でも、予感は最も、最悪な形で当たってしまう。
「昨日の夜、死んでしまった」
蓮とは十五年ほどの付き合いになるけど、この時、僕は初めて耳にした。
蓮の冷たい声を。
交通事故の詳細。
その日、蓮のお母さんは帰り道に、ケーキ屋へ寄ろうと横断歩道を渡っていた。そこに信号無視したトラックが左折してきて、衝突されたという。
トラックの運転手は、納入先への品物が遅延になりそうだと焦っており、横断歩道と左右から車がきていないことを確認し、ハンドルを切ったのが事故の原因。
結果的には左折側に立っていた蓮の母さんは死角になっており、それに気づかず、スピードが緩まなかったこと。そして、当たり所が悪かったことが、死因だと言われている。
蓮とは小学校からの付き合いなので、蓮の家に遊びに行くたび、蓮のお母さんとはよく顔を合わせていた。
活発な蓮とは対照的で、のんびりして、穏やかな口調で話す優しいおばちゃんという印象が残っている。
大学生になってからは、外で遊ぶことが多くなったので、蓮の家に行く機会はなくなったが、さすがにその知らせを聞いた時はショックだった。
僕は当然、葬式に出席した。
ただ、内心、蓮になんて声をかけたらいいか、迷っていた自分がいた。でも、蓮と蓮のお父さんは皆の前では、気丈に振る舞っていた。
葬式の後、蓮の家で食事会が行われようだ。親戚だけで行われるものなのに、何故か僕も招待されてしまった。
何故、僕が呼ばれたのか。その理由は明確になっていない。
予め、親戚には事前に僕を呼ぶ前提で話しを通していたようで、周りの人達は僕の存在に対して、暖かく接してくれた。それでも僕自身、見知った顔がなく、アウェイにいる心細さを感じてはいるのは拭えない。
蓮は僕に対して「歩。ごめんな。こんなところにまで、来てもらって」と、僕にジュースをついでくれた。当たり前だが、その笑顔は、完全な作り笑顔だとすぐにわかる。
母親が死んだんだ。そうなるのも当然。
だけど、僕は蓮の表情に違和感を覚えた。蓮の表情は悲しみではなく、少し困惑したような、どこか落ち着きのない色に近い。これは単純に、大切な人の死にだけで、落ち込んでいる状況ではない。そんな顔だ。
酒をつぎ回って、忙しそうにしているところ悪いとは思ったが、僕は蓮の腕を掴み、周囲には気付かれないよう、耳打ちする。
「蓮。なにがあった?」
間髪入れず聞くと、蓮は明らかに動揺した反応をした。
そもそも蓮がただ、寂しいから。なんていう理由で、僕をこんな場所に呼ぶほど人間ではない。きっとなにか別の理由があるはずだ。
蓮は少し考え込むような仕草をみせた後、周囲の状況を見渡してから「ちょっと、来てくれるか」と、僕を廊下の方へと促す。
「歩。今ここにいる人達を見て、なにも気がつかないか?」
廊下に出ると、蓮は開口一番にそんな質問を投げかけてくる。その口調は、気付かない僕を問題視するような尖った声だった。
なんのことだ? と、促されるように僕は、居間にいる人達を見渡す。八畳ほどの二部屋には、十人以上の人が座っている。
しかし、間違い探しとなる違和感は、早い段階で発見できた。いや、むしろ、なんで今の今まで気付かなったんだと、不思議に思うくらいだった。
いや、心の底では、どこかに紛れ込んでいると思ったのだろう。蓮にばかり視線を向けていたせいだ。いや、だとしても酷い。蓮に不快な顔をされても文句は言えない。
「くるみちゃんはどうしたの?」
今更だが、僕はすぐ蓮に聞いた。
母親の葬式に、娘のくるみちゃんがいないのはおかしい。というか、ここにいる親戚の人達も、変だと思わないのだろうか?
「くるみの奴、母さんが死んで二日経つけど、部屋から、ほとんど出てこないんだ。今日の葬式も出席するよう、父さんや僕、親戚の皆も説得したけど、ダメだった」
僕の問いに、蓮が状況を説明してくれる。その疲れたような顔は絶望に似た表情だった。
「なぁ、歩。なんとか、出来ないか?」
「なんとかって言ったって」
「くるみはさ。お前に懐いてるし。なんとか出来そうな気がするんだ」
藁にもすがる思いなのだろう。蓮はよりにもよって、僕に助けを求めてきた。
「懐いてるって言ったって、蓮がダメなものを、僕にどうしろと?」
懐かれているかどうかは別にして、家族である蓮や蓮のお父さんがダメだったんだ。僕で打開できるわけない。
「いや、ほら。歩はさ、心理学勉強してるし。くるみを、うまくカウンセリング出来ないかな?」
とんだ無茶ぶりだな。と、そう言い返したがったが、蓮の顔を見ると、その言葉も喉に詰まる。なにもしないで、断るのも気が引ける状況だ。
蓮も常識人だ。きっと当の本人も、無茶苦茶なことを言っているとは、理解しているはず。でも、可能性が1%でもあるなら試したい。それは一縷の望みなのか、投げやりなのかものなのはわからないが、蓮の虚ろな目を見ていると、放ってはおけなかった。
「今、くるみちゃんは何処にいるの?」
「二階だよ。今、自分の部屋にこもってる」
「ちょっと、声かけていいかな?」
僕が遠慮気味に聞くと、蓮は顔をぱっと明るくなり「ああ、頼む!」と答えた。
正直、自分の力でどうこう出来るとは思っていない。きっと、門前払いになるのがオチだ。でも、親友の頼みだ。やる前からお手上げです、という発言はしたくない。
それにくるみちゃんも、蓮の妹であり、僕の大事な友達の一人だ。知らん顔も出来ないだろう。
蓮はすぐ、居間にいた蓮のお父さんに一声かけていた。蓮のお父さんは話しを耳にすると、廊下にいる僕の方に視線を向ける。
目が合った途端、蓮のお父さんは僕に対して、お願いします。とでも言うように会釈してきたので、慌てて僕も会釈を返した。
戻ってきた蓮に促され、僕達は階段を上がり、くるみちゃんがいる部屋の前に立った。
「くるみ。今、大丈夫か?」
蓮は部屋の前でノックし、声をかける。しかし、返事がない。
ドアノブを回し、半開きにした状態で、部屋を覗くと「入っていいか?」と、蓮は再び声をかける。
部屋の中は暗く、電気がついていなかった。




