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柊メンタルクリニック  作者: 結城智
第1章 出逢い
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第12話 お祝い

 仕事を終え、店から出ると、くるみちゃんは僕の車の前で待っていた。スマホを操作しており、僕が歩み寄ると気配に気づき、顔を上げる。


「あっ、おかえり。歩ちゃん」

「ただいま」


 軽い挨拶の後、僕は車の鍵を開け、そのまま、車に乗る。エンジンをかけた後、僕はスマホで店を検索し始める。


「どうしたの?」


 エンジンを付け、スマホをいじりだした僕を気にして、助手席にいたくるみちゃんが首を傾げる。


「いや、どこで食べようかなぁと思って。ごめんね、僕、グルメには疎くてさ」

「えっ、別にどこでもいいよ。近くの豚骨ラーメン屋さんでいいよ」

「それじゃ、いつものお店でしょ」

「えっ。だから、いいじゃん。いつものお店で」

「えっ。祝って欲しいんじゃないの?」

「祝って欲しいよ」

「じゃあ、どこかお洒落な店がいいんじゃないの。ほら、ちょっとお洒落なイタリアンな店とか、回ってないお寿司屋さんとか」


 とは言ったものの、じゃあ、回らないお寿司屋さんと言った瞬間、肝を冷やすよ。僕、バイトしているとはいえ、学生なので、そこは空気読んでね。


「バカだなぁ。歩ちゃんは」


 僕の言葉に対し、くるみちゃんは呆れたような顔をした。


「祝って欲しいっていうのは、お洒落な店に連れてって欲しいって意味じゃないんだよ。歩ちゃんに祝ってくれるなら、場所なんてどこでもいいの。ラーメン屋さんでも、牛丼屋さんでも。それこそ、コンビニ弁当でも」


 言うことが極端だな。コンビニ弁当は、もう外食にはなっていないし。とはいえ、相変わらず、くるみちゃんは良い子だ。蓮は最近、くるみが生意気になったとごねていたが、全然そんなことない。まあ、兄に見せる顔と、友達に見せる顔が一緒ではあるはずはないと思うが。


 結局、話し合った結果、僕達は普段からよく行くラーメン屋さんに行くことになった。



 ラーメン屋さんに到着すると、僕達はテーブル席で向かい合わせに座り、お互いメニューを見ていた。


「ここの豚骨ラーメンは、何度食べても絶品なんだよねぇ」

「そうだね」

「そうだねって、歩ちゃん。一度もここの豚骨ラーメン食べたことないじゃん」

「あれ。そうだっけ?」

「そうだよ。ここ、豚骨ラーメンがおすすめなのに、いつも塩ラーメンとか、チャーハンセットとか、全然違うのを頼むじゃん」


 そうだっけ? てか、そんなことよく覚えているな。僕は自分が前に頼んだものすら、忘れてしまうのに。そういや、蓮もそういうとこあるっけ。やっぱり、兄妹だな。


「で、今日はどうする?」

「僕はつけ麺にしようかな」


 メニューを閉じながら、そう答えると、正面にいたくるみちゃんは目を半分白目にして、僕を見つめている。見つめている? 見つめているという表現が正しいのかな? 白目だから、なんとも言えない。


「どうしたの? コンタクト外れた?」


 それはよくないぞ。早く拾わないと。


「違います。私の目は裸眼です」

「じゃあ、変顔の練習?」

「いえ、違います。私は驚いているのです」

「そうなんですか?」


 なんで急に敬語? 僕まで移っちゃったじゃないか。くるみちゃんは、なにか言いたそうな様子だったが、まあ、いいや。みたいな顔をして、注文のボタンを押し、店員を呼んだ。


 僕はつけ麺。くるみちゃんは、豚骨ラーメンを注文した。何度も食べた味なのだが、いつ食べても美味しい。まあ、僕が今日注文したものは、初めて食べたものだが。


「今後こそは、豚骨ラーメン注文してよね」


 ご馳走様。と僕が手を合わせると、くるみちゃんは不服そうに口を尖らせていた。


「うん。そうするよ」


 僕は相槌をうつ。が、くるみちゃんの顔は変わらず「前も同じこと言ってたよね」と、冷たい視線を向けてくる。なにを食べようが、僕の自由でしょ。と言いたいが、ここは黙っておこう。女の子は共有した生き物。理解はしてあげよう。従うかどうかは別にして。


「というか、本当にこのお店で良かったの?」


 これでは普段と変わりない。お祝いではなく、ただ一緒に食事しに行っているだけだ。


「だから、いいんだってば。歩ちゃんが祝ってくれればさ」


 ちょうど、食べ終わったくるみちゃんは手を合わせていたところで、僕を見つめると嬉しそうに微笑んだ。


「ああ、そうだ。遅くなったけど、優勝おめでとう」


 一番、肝心なこと言ってなかったな。


「うん。ありがと」

「くるみちゃんは、活躍出来たのかな?」

「まあまあかな。5試合で、得点は12点だったし。今大会のMVP、得点王だから、大した成績じゃないよ」


 大したことないと言う割に、鼻が伸びきっているくるみちゃん。うわー、なにその成績。もう、プロの話しきてもいいレベルじゃないか。まあ、単純に才能があるというのは違うんだろうな。


 蓮曰く、くるみちゃんは相当な負けず嫌いで、部活練習以外にも、自主練を欠かさない努力家だと聞く。そして、人望も厚い為、確かサッカー部の部長も務めていた気がする。


「凄いね。将来はサッカー選手?」

「ううん。違う」


 僕の問いに、大きく首を振るくるみちゃん。そして、僕の顔をじーと凝視する。


「私の夢はね、お嫁さんになることなの」


 くるみちゃんは含みのある言い草で、はにかんだように笑う。


「お嫁さん。へぇ、意外だね」

「えっ。なんで意外なの?」

「だって、くるみちゃん、学校でよく告白されるんでしょ」


 僕が何気なく言うと、くるみちゃんがいきなり硬直した。


「……嘘。なんで、歩ちゃんがそれを知ってるの?」


 禁句だったのか、くるみちゃんの顔は強張っていく。


 えっ、なに、これ言っちゃまずい話しだった?


「それ、誰から聞いたの?」

「えっ。いや、その」


 蓮だよ。とは言えない雰囲気だ。言ったら、蓮抹殺される。僕の目は完全に泳いでしまう。


「お兄ちゃんだよね。お兄ちゃんしかいないよね。お兄ちゃんをヤッちゃえばいいんだね!」


 いやいや、ヤルなよ。てか、くるみちゃん、目が怖い。その、完全にヤンデレキャラの目だよ。

僕が圧倒され言葉を失っていると、くるみちゃんは、我に返り、テーブルから前のめりになって僕を直視する。


 直視する? これは直視なのか、睨まれているのかわからない。とにかく威圧感があったので、僕は無意識に身構えてしまった。


「違うの! 私、告白された男は全部、断っているよ。だから、安心して、歩ちゃん。私、まだ綺麗だからね!」


 と、くるみちゃんは、心臓に手を当て、凄い剣幕で主張する。


「ああ、そうだね。まあ、告白は全部断っているって話しは聞いているよ。いや、だからさ、くるみちゃん、恋愛には全然興味ないのかと思って」


 そう。それが言いたかっただけなのに、なんで急に空気が修羅場化したのかは不明だ。ただ、僕の言いたかったことが伝わったのか、くるみちゃんの顔はぱっと明るくなる。


「興味ないわけじゃないよ。断っているのは、理由があるから」

「理由って」

「そんなの一つしかないでしょ」


 どうやら、正解は教えてくれないそうだ。くるみちゃんは、人差し指を鼻に付け、意地悪そうな顔をする。


「もしかして、くるみちゃん、女の子が好きだった?」


 レズっ子。今時、同性愛者なんてそう珍しくない。が、くるみちゃんの目が急に冷たいものに変わる。どうやら、ハズレのようだ。


「歩ちゃん。ふざけてるでしょ?」

「いや、そんなことないけど」


 くるみちゃんの眉間の皺が深くなった。こっちは真面目に言っているのに、ぶざけている扱いとは酷いもんだ。


「そんなの、別に好きな男の子がいるからに決まってるじゃない」


 と、頬を赤らめて、くるみちゃんは告白する。言った後「うわぁ。ついに言っちゃった」と、恥ずかしそうに両手で顔を塞いでいた。


 なるほど。確かに自然に考えればそうなるか。僕も勘が鈍ったものだ。


「くるみちゃん。学校に本命の男の子がいるんだね」


 だから、その男の子に告白される。もしくは自分が告白するかしか、考えていないんだろう。きっと、くるみちゃんの中に妥協という字はないのだろう。と、僕が納得したように頷くと、くるみちゃんの表情が一気に冷めたものに変わる。そして、ゴミを見るような目で見つめてきた。


「歩ちゃん、カウンセラー目指しているんだよね。うん、センスないから、辞めた方がいいよ」


 そして、とんでもない罵声を浴びせられる。そこまで言うか。向いていないのは自分でも自覚しているから、尚更傷付く。落胆している僕の姿が面白いのか、くるみちゃんは僕の表情を見て、ぷっと笑いを吹き出した。


「ごめん、冗談だよ。まあ、仕方ないよね。そういう鈍感なところも、歩ちゃんか。うん、まあ、そういうの、全部ひっくるめて好きになっちゃったから、仕方ないね」


 と、くるみちゃんは、ぼそぼそと独り言のように呟く。その顔は、手のかかる弟に苦労するお姉さんみたいな顔をしていた。


 呟きのほとんどが聞き取れなかったが、鈍感という言葉はしっかり耳に入った。鈍感って、カウンセラーにとって致命的な言葉だ。


 まあ、カウンセラーという仕事が、自分に適正かどうかでいうと微妙だと思っている。


 口が固く、相槌を打つのはうまい方だと自覚はしている。実際、高校時代から今にかけて、友達からはよく恋愛相談をされることは多くあった。


 ただ、それは僕に聞くという分野に特化しているから。大抵の人達が思春期に抱える恋愛の悩みは、特別な助言は必要ないからだ。


 必要なのは、悩みを聞いてあげて、相手の気持ちを否定せず、肯定し必要であれば背中を押してあげることくらい。大きな助言なの必要ない。


 俺、○○のこと好きなんだ。と相談を受けると、最初は相手側からいろいろ話しをしてくれる。そこで、告白した方がいいだろうか? という質問を受けたら、こう返すのだ。


 君はどうしたいの、と。


 こういう時、既に相談者は、告白する気持ちが固まっていることが多い。稀にまだ告白は考えていないという人もいるが。


 だから、相談者が思っている気持ちの方を肯定してあげるといい。こういう時、告白する気がある人に、まだ様子を見た方がいいと言ったり、反対に告白する気がない人に、早く告白する方がいいと助言するのはNG。これは、その後の結果がどうなるかは別にして、そこで逆のことを答えてしまうと、もうその人から相談はこないと思った方がいい。


 決断を迷って相談する人のほとんどは、相談といいながら、ほとんどが自分の中で決断していることが多い。最後の一押し決断が出来ず、不安だから誰かに背中を押してほしいだけ。相談とは名だけであり、結局相談者が求めているのは、助言ではなく、肯定なのだ。


 ただ、これはあくまで9割の悩みに対してのこと。


 きっと、カウンセリングにくる人達は、残り1割に分類される。そう、聞いてあげるだけでなく、その人に適した助言をしなければならないパターンだ。


 9割の相談者と、1割の相談者の違い。それは抱えている悩みの大きさではない。残りの1割は相談者自体に異常がある。


 現代でいうと、鬱という言葉が適切かもしれない。悩みに対し、既に自分の中で解決策を見いだせない。もしくは精神状態が崩壊しかかっている為、正常に物事を考えることが出来ない人だ。


 こういう人に、君はどうしたいの、と聞いても、知らない。もしくはどうでもいい。という投げやりな答えしか返ってこない。


 こないだ和花さんも言ったが、完璧な答えなの存在しない。人の価値観はみんな違い、十人十色であるように人によって救いの言葉や対応は異なる。


 それこそ、先程恋愛の話しに触れたように、そこに好きな人がいたとしよう。


 告白するべきだよ。もし、ダメだったとしても、後で後悔する方がずっと辛いはずだから。


 そう助言した際、Aさんはわかった、告白してみる。といって動きだすかもしれないが、Bさんにしてみれば、苦痛な後押しになってしまうかもしれない。


 無理に告白しなくてもいい。友達に戻れなくなることが怖いのなら、今もままでもいいと思うよ。時間はまだあるんだから。


 そう助言した方がBさんは助けになるかもしれないのだ。


 ここで難しいのは、1割の人達は自分でこうしたいという気持ちをもっていない。心の奥底にあるかもしれないが、それはカウンセラーである人間がうまく話しを聞き、引き出してあげなければならない。とても厄介なタイプだ。


 そう、僕は聞く力があっても、人間観察する洞察力や、話しを聞きだす話術には長けていない。くるみちゃんの言う通り、その辺は鈍感であると自覚している。




「ねぇ、歩。お姉ちゃんが死んだら、悲しい?」

「ねぇ、歩はなんで生きてるの?」

「ねぇ、歩はこの世界に絶望していない?」


 6年前に姉さんが僕に投げかけてくれたあの言葉。


 6年たった今でも、あの時、どう答えてあることが姉さんの救いになったのか、今だにわかっていない。そして、その答えがわかることも一生ないのだから。


「歩ちゃん。ねぇ、歩ちゃんてば!」


 意識が考え事の方に集中していると、不意にくるみちゃんの声が耳に刺さり、僕が我に返って顔を上げる。くるみちゃんは心配そうに眉を下げ、僕を見つめていた。


「ああ、ごめん。ぼーとして」


 僕がそう言うと、くるみちゃんはなにか言おうと口を開いたが、僕と目が合うとすぐに困ったような顔で口を噤んだ。


 ああ、また悪い癖が出てしまった。僕は眉間を抑え、先程までなんの話しをしていたか一旦、頭の中で整理した。


 そうだ。くるみちゃんの恋愛相談だったっけ。


「くるみちゃんは、その好きな人に告白しないの?」


 唐突な質問だったろうか。僕の問いに、くるみちゃんは「へ?」という変な声を上げ、顔を真っ赤にさせる。


「いや、私からは告白はしにくいかな。きっと、ダメだと思うし」


 くるみちゃんは苦笑しながら、寂しげに目を伏せる。くるみちゃんにしては珍しい弱気発言だ。一体、どんな奴なのだろうかと気になるところではあるが。


「くるみちゃんは今のままでもいい?」


 彼女の意思を聞いてみる。くるみちゃんは、少しの間、黙ってしまったが、すぐに顔を上げた。


「良くはない。でも、別に急いではいない。満足はしていないけど、その人との今の関係、壊すよりはずっといい」


 汚れのない真っ直ぐな瞳で、くるみちゃんは答えた。それがくるみちゃんの出した答えなら、間違いではない。答えはきっと一つじゃないから。


「うん。必ずしも告白しなければならないことではないと思う。くるみちゃんのペースで、いつか告白したいと思う時がくる。その時に決断しても、きっと遅くはないと思うよ」

「う、うん」

「僕で良かったら、いつでも相談に乗るし。くるみちゃんのこと、応援してるから」


 と、僕は出来るだけ優しい口調で言った。


 よし、これでいい。


 普通はここで、相談は無事終了になる展開なのだが。


「嫌。もう、歩ちゃんには絶対に相談しない」


 くるみちゃんは無茶苦茶、不機嫌になっていた。


 どうやら、対応を誤ってしまったらしい。何故? 一体、どうすれば良かったのだ?


 その答えはさっぱりだった。


 やっぱり、僕、カウンセラーに向いてないのかもしれないな。



「今日はありがとね」


 店を出た後、くるみちゃんの家まで送って行った。家の前に停めたところ、くるみちゃんは改めて僕に礼を言う。


「どういたしまして。ところで、全国大会はいつなの?」

「来週の土曜日だよ。1回戦目から、強敵だから気合入れて行かないと」


 来週の土曜日か。確かバイトは夕方からだったな。良い切っ掛けだし、


「応援に行っていい?」

「ヤダ。来ないで」


 考える仕草もなく、速攻で断られた。


「えっ。なんで?」

「だって、恥ずかしいもん」


 くるみちゃんは言葉通り、恥ずかしそうな顔で目を逸らす。


 恥ずかしいか。意外だな。どっちかといったら、応援に来てね。というタイプだと思ったが。


「でも、蓮や家族みんなは応援に来るんでしょ」

「うん。来るけど」

「じゃあ、僕も良くない?」

「ダメ」

「なんで?」

「……だって、歩ちゃんに私の野蛮な姿、見て欲しくないし」

「野蛮な姿?」

「うん。私、試合になると少しムキになって、よく相手チームの選手、吹き飛ばしちゃうから」


 と、くるみちゃんはモジモジとした様子で答える。どうやら、蓮が言っていた話しは嘘じゃなかったようだ。



 結果、僕は試合を見に行くことはなかった。


 後から蓮に聞くと、全国大会は2回選までは勝ち進んだが、3回選目で負けたらしい。3回選目の対戦相手がベスト4のチームだったようで、そんなチーム相手にも惨敗ではなく、惜敗だったようだ。


 そして、案の定、くるみちゃんの足は速く、相手チームの選手を置き去りにするシーンもあり、時折、マークに入ったガタイのいいDFですら吹き飛ばしていたらしい。


 末恐ろしい子だ。一見すると、くるみちゃん、華奢な体付きしているんだけどな。今も僕も腕相撲とかしたら、負けちゃうのかもしれない。


 それから、季節は夏から秋に変わり、いつもと変わらない日常が過ぎて行った。

とても平和な日々。


 僕の中で、和花さんや柚ちゃんの存在も忘れかけていた頃。事件は起きてしまった。


 それは、なんの前触れもなく。なんの予兆もなく。


 また誰かの心が壊されていく。

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