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ジンジャーと南の魔女





あくる日、南の港町ワガラム。


自慢の黒毛のあちこちに枝だの虫だのなぜか海草だのまで引っ付けながら、ジンジャーはやっと町へとたどり着いた。


「いやぁ、旅とはかくも厳しいものとは…これぞ冒険、だにゃっ」



大陸西部の南にある半島、その南端に位置するワガラムは、中央と西部とを繋ぐ中継地であり豊富な海産が獲れる漁港でもある。

春先にも関わらず少し汗ばむ程の陽気の中、心地よい海風を受けてヒゲをなびかせながら、ジンジャーはとことこと町の中へ向かって行く。


「ほうほう、これはまたツヤツヤと美味しそうな…むむうこれも中々…やあこれは見事なぬめぬ…め?」


店先に並ぶ様々な色どりの魚介、それをキョロキョロと興味深そうに見回るジンジャー。


突然現れた大きな黒猫に魚屋の店員はぎょっとしつつも、まあ二本足で歩いてるし喋ってるし、お魚咥えて走り去ったりはしないだろう多分、ととりあえず納得しておく事にする。


そんな風にジンジャーが店先をひやかしていると、中央の広場からにわかに広がるざわめきの声が聞こえてきた。


その声につられてふらふらと広場へと向かうジンジャー。もはや単なるおのぼりさんになっている。




広場では、中央にある噴水の前で一人の男が周囲の人々に向けてしきりに何事かを叫び続けていた。


「…ゆえに、我々はこの楔を断ち切らなければならない!!龍に認められたなどと騙る者ども、龍を縛り続ける強欲な…」


男は必死の様子で叫び続けるが、周囲の人々ははひどく醒めた雰囲気でそれを眺めている。そのただ事ではない様子に、ジンジャーはとりあえず近くにいた男達に尋ねてみる。


「いったいこれは何事ですかにゃ?」


「ああ、2年前の戦争から此の方、あの手の連中が増えたんだよ。真の…なんだかとか名乗ってる連中だな。まあ戦争の被害を直接受けた北州や東州でならともかく、ここ南州であんな事必死に叫んだって誰も聞きゃしねえよ。」


「ったく、せっかく水場に涼みにきたってのに五月蝿くてかなわねえ」


「まったくだ。ましてやここは南の魔女様の…」


そんな周囲に構わず男は叫び続ける


「…我々は!呪われた血を継ぐ魔女共もまた滅ぼさねばならない!そして」


ざわり、と周囲の空気が変わる。


「おい、あいつ…」「ああ、なんて命知らずな…」「く、来るぞ、来るぞ!」


突然の変化に先ほどまで叫んでいた男も口をつぐみ、とまどうように辺りを見回す。その時、


「あはは、はははは!聞こえたわよ!!」


皆が一斉に振り替える。


そこには、燃えるように真っ赤な髪を胸元まで伸ばした少女がいた。


その可憐な姿とは裏腹に、両手を腰に当て今にも挑みかからんばかりに大きな瞳をギラギラさせながら男を睨み付ける。


少女はその整った顔立ちを歪ませ、歯をむき出しにしてにやりと笑う。


「『魔女を滅ぼさねばならない』と、あなたは確かにそう言ったわね。

いいわ、とても良い。上等だ、ってやつよ」


ゆっくりと一歩一歩男へと近づいて行く少女。


いつの間にか周囲にいたはずの人々は遥か向こうで遠巻きにこちらを眺めており、


そこには先ほどまで叫んでいた男とジンジャーだけが、状況を飲み込めないままぽつんと取り残されていた。


凶暴な笑みをたたえたまま、少女は更に近づく。


「ならば私は全力でそれに抗ってあげる」


すっと、少女の顔から表情が消える。両腕をだらりと下げ、片足を踏み出して前かがみの姿勢になる。


その右手から炎が吹き上がり、腕に纏わり付くように炎がのたうつ。


「名乗ってあげるわ、私の敵共。私は南の魔女…全てを焼き尽くす龍の炎の力を持つものよ!!」


「あれ、敵『共』…?」


ものすごく嫌な予感のする台詞に首をかしげるジンジャー。


直後、爆発。


ジンジャーと男の背後にあった無人の屋台が炎に飲み込まれ、屋根が空高く吹き飛ばされる。


唖然としながらそれを眺めるジンジャーと男。


じゃり、と地面を踏む音に再度振り返ると、少女が右腕をこちらに向けたまま近づいてくる姿が見える。


先ほどまで右腕全体を包んでいた炎は指先に小さく灯るだけになっていたが、その炎が徐々に大きくなり、やがて広げた右手を包み込んでゆく。


その右手をゆっくりと下げ、腰だめの位置になった所で姿勢を傾けていく。


俯いた顔からは口元しか見えないが、その小さな唇がにい、と釣り上がる様子が僅かに見えた。


「あれはまずいにゃ。修行中にご主…西の魔女様が怒った時並みにヒゲがピリピリするにゃ」


ちらりと横を見ると、件の男は腰が抜けたまま口をぱくぱくとさせている。


一瞬だけ、事情は知らないがどんな理由であれ魔女を滅ぼす等と言うこの男の事はたぶん好きにはなれないだろうな、今すぐあっちにぽいって放り投げたいな、

などと考えてしまうものの、


「オルランド殿だったら、きっとそれでも助けるんだろうにゃあ…」


こんな風に迷ってしまう時点で自分はまだ未熟なんだろうにゃ、とジンジャーは己を振り返り反省する。


迷うくらいなら、助けよう。後悔するくらいなら、やってみよう。ジンジャーは腹をくくる。


ダンッ、と足を強く踏み込む音が聴こえる。力を溜めるように更に姿勢を落とした少女が、直後に地面を蹴って一気に男との距離を詰める。


炎を纏った拳を握り締め、男目掛けて叩きつけるように振り下ろす。


その直前、割り込むようにその間に入ったジンジャーが、少女の懐へと入り込み…


「どっせえええいにゃっ!!」


力いっぱい少女をぶん投げた。


「はあ!?ちょええええええぇぇぇ」


少女は綺麗な放物線を描き、叫び声を上げながら頭から広場中央の噴水へと落ちていく。





顔に掛かった濡れた前髪を払おうともせず、わなわなと震えたまま噴水の中で仁王立ちしている少女の下へ、ジンジャーはとことこと近づいていく。


ぐわっ、と音がしそうなくらいに目を見開いてジンジャーを睨み付ける少女。だがジンジャーの姿を見ると、いぶかしむような表情に変わる。


「あなた、その瞳の色…」


「お初にお目にかかりますにゃ、南の魔女殿。私は元西の魔女の使い魔にして、今は騎士を目指して旅する猫、ジンジャー・ビスケットですにゃ」


「やっぱり西の…って元?騎士を目指して??」


頭上に?マークを沢山浮かべたまま、不思議そうにジンジャーを見つめる少女。


「旅って…なに?どこかに行くの??」


「はいですにゃ。とりあえずは王都を目指しておりますが、見聞を広げる為にも道中で南州候のおられるネゴラや、その東のサイドゥカ等にも立ち寄ろうかと…と」


少女がずぶ濡れだった事に気付き、自分の気の利かなさに反省しつつ話を打ち切るジンジャー。


「失礼、とりあえず濡れたままでお話するのもなんですので、どこか腰を据えられる所に行きませんかにゃ?」


「む、確かにそうね。じゃあ私のお気に入りの所に行きましょ!あなた、すごく気になるわっ!」


と、そうだその前に…などと呟きつつ、腰を抜かしたまま白目を剥いて気絶している男を縛り上げる。


「…その人は、どうするつもりですかにゃ…?」


「ああ大丈夫よ、焼き払ったりはしないから。あれだけ町を騒がせた奴を放っておくのも何だから、とりあえず南州候の屋敷にでも投げ込んでおこうかなって。

そうすれば後は南州候が適当にやっといてくれるでしょ」


騒がせたのはむしろ貴方じゃ…とジンジャーと周囲に居た野次馬達は思うが、当然誰もそれを口にはしないでおく。


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