ジンジャーと白銀の騎士 その3
その日からオルランドが去るまでの数日間、ジンジャーは暇を見つけては彼について回り、思いつくままにあれこれと尋ねるのだった。
そんなジンジャーに対して彼は少しもいやな顔をせず、いつもにこにこと微笑みながら一つ一つ丁寧に答えてくれる。
「オルランド殿、それはなんですにゃ?にゃ、ににゃ?あれはいったい??…おお、これはまた何ともいえない引っかき心地…」
「ああそれはね…うん、気持ち良さそうで良かった、でもあまりマントの端をズタボロにしないで貰えると嬉しいかな。ふふ、しかしなんだい急にかしこまって、殿だなんて」
「本で読んだのですにゃ!尊敬する人には、名前のおしりに殿や様をつけるのにゃっ」
ふんすっ、と自慢げに胸を張るジンジャー。
すこし驚いたように、両眉を上げるオルランド。
「すごいな、もう文字が解るのかい。本まで読むなんて、たいしたものだ」
「ご主人様に教わったのですにゃ。今は王子様が旅をしながら悪い奴らをボロ雑巾のようにする物語を読んでてー、今ちょうど悪い領主を簀巻きにして川にぃー
にゃっ!もしかしてオルランド殿も旅をしたり簀巻きにしてボロ雑巾にしたりした事あるのかにゃ!?」
「ははは、旅をしていた事もあるよ。ボロ雑巾は…ナイショかな」
片目をつぶっていたずらっぽく答えるオルランド。
「おお、どんな!どんな旅だったのですかにゃ!!聞きたいにゃっ」
瞳を真ん丸にしながらオルランドを見つめるジンジャー。そんなジンジャーの姿を見たオルランドは何故か急にだまり込むと、静かにジンジャーに問いかける。
「そんなに面白くもないし、格好悪い所ばかりの話になってしまうんだけど…それでも聞きたいかい?」
それはオルランドの半生の話。沢山の失敗を重ねて何度も傷つきながらも、ただ前に進み続ける事しか出来ない男の話だった。
言葉を飾らず、ただ静かに淡々と話すオルランド。
ジンジャーが今まで読んだどんな冒険譚よりも失敗だらけの格好悪い話なのに、何故かどうしようもなく心が惹きつけられる。
「…この話は今まで誰にもした事はないんだ。だから出来れば誰にも言わないで貰えると、助かるかな」
最後にオルランドはそう言うと、静かに微笑んだ。
そして数日後、彼は魔女とジンジャーの母親を連れて旅立って行った。
「いいこと、ご主人様と私が不在の間は貴方達がこの家を守っていかなければならないのにゃ。決して仕事を怠ったりせず、手を抜かず、拾い食いはせずむやみに柱で爪を研がず寝る時はお腹を冷やさないようにして…」
「どれくらいになるかは分からないが、しばらく戻ってこれないからね。後の事はまあ、適当に頼むよ」
ひらひらと手を振ってあっさりと歩き出す魔女。母猫はまだ言い足りないように何度も後ろを振り返りつつ、魔女の後をついていく。
「オルランド殿、ご主人様と母上の事くれぐれも頼みますにゃ」
「承った。この身命に替えても。…ふふ、この数日間楽しかったよ。どうぞお健やかに、ジンジャー・ビスケット殿」
オルランドはそう答えると、拳で胸を叩き、その拳をジンジャーの前へと突き出す。
ジンジャーも真似して肉球で胸を叩き、向けられたオルランドの拳にこつんと当てる。
こうして二人と一匹は王都へと旅っていった。
ジンジャーと兄弟達は、彼らが見えなくなるまで一生懸命に手を振って見送り続けていた。
「ご主人様と母上の言いつけ通り、留守の間は家をしっかり守らなければいけないにゃ」
一番上の兄が尤もらしくそう言うと、他の兄弟達も大きく頷く。
だけどジンジャーはどうしても、オルランドの事を忘れる事が出来なかった。
寝る前には必ず彼の話を思い出してしまい、居てもたってもいられない気持ちになってしまう。
ついには我慢できなくなり、こっそりと魔女の蔵書から騎士に関する本を引っ張り出し、難しい文字に苦戦しながら読み漁るジンジャー。
兄弟達はジンジャーにあきれ、使い魔としての仕事をおろそかにしないようたしなめる。
それでも暇を見つけては本を読んだり、オルランドがたわむれに見せてくれた剣術を見よう見真似でやってみたりするジンジャー。
毎日のように他の兄弟達にしかられながらも、懲りずに騎士にあこがれつづけるのだった。