ジンジャーと白銀の騎士 その2
二人の話し合いは日が暮れても続いていた。
ジンジャーはオルランドの事が気になってしまい、なかなか仕事が手につかない。
「こら!ジンジャーったら!!にゃにゃ、まったく…今日はいつも以上に失敗ばかりじゃないの。いったいどうしたっていうのにゃ?」
さすがに放っておく訳にもいかず、母猫がジンジャーをたしなめつつも尋ねる。
「ごめんなさいにゃ…。なんだかどうしても、さっきの人間の事が気になってしょうがないのにゃ。
キラキラしていて、すごく強くて、格好良くて…あとちょっと良い匂いもしてたかにゃ」
「匂いはともかくとして…そうね、あの人間は騎士、それも恐らくかなりの高位の騎士のようだから、実力は確かにゃんでしょうね」
「騎士!確かに初めて会った時にそう言ってたにゃ!そうかー騎士にゃのかー…で騎士ってなんにゃ?」
耳をピンと立てて嬉しそうに尋ねるジンジャー。ため息をつきつつも、母猫はジンジャーに説明する。
「王や候に遣える代わりに与えられる称号の事よ。誇りを持ち、公正さや勇敢さ、優しさ等を重んじる生き方の事でもあるらしいにゃ」
「騎士、誇り、生き方…はあ、不思議にゃ。初めて聞く事ばかりなのに、なんでこんなにドキドキするのかにゃ?なんでかにゃ?」
上の空でつぶやき続けるジンジャー。
深い深いため息をつき、母猫はジンジャーをたしなめる事を諦めるのだった。
日が沈み、夜の鳥達が森で鳴き始める頃になって、やっと話し合いを終えた二人が部屋から出てきた。
「話は分かった。私が行く必要がある事もね。ただ準備もあるし、悪いが数日は猶予の時間を貰うよ」
「もちろんです。本来であれば貴方様まで巻き込まずに済ませるべき事だったのですから。
我が身の不甲斐無さを恥じ入りこそすれ、ご助力頂ける事に注文をつけるような事は決してありません」
ぴくり、と魔女の眉が動く。不気味なほど静かにオルランドに問う。
「…国の大事に魔女が助力するのは当たり前の事だろう。ましてや私は『龍の牙』の力を引き継いだ身だ。
万が一戦いとなれば、なにより必要とされるのは自明の事だろうに、なぜ巻き込まずに済ませるべき、などと?」
薄っぺらい騎士道から、女は戦いに巻き込むべきでないなどと言う扱いをされたのか。
魔女として、人生を、女としての人並みの幸せを捨てたこの覚悟を、己の矜持を侮辱したのか。
言外にはそんな激しい怒りが込められていた。
さきほどまで鳥達が外で騒がしいほど鳴いていたはずなのに、今はしんとして梢の揺れる音すら聴こえない。
わずかでも動いただけでバラバラに引き裂かれてしまいそうな張り詰めきった空気に、その場に控えていた猫達は恐怖でぴくりとも動けないでいる。
そんな中、オルランドはただ一人真っ直ぐに魔女を見つめて静かに答える。
「私は騎士になり、この国の全ての守りとなる事を誓いました。この国に生き、この国を成す全ての人々の幸いを守る事をです。
その全ての中には貴方様もおられ…また北の魔女殿もおられます」
「それが成せぬ不甲斐無さから、言わでもの繰言を申し上げ貴方様の誇りを傷つけた事、心より謝罪申し上げます」
貴方様が望むのであれば、いかような罰も謹んでお受けいたします。そういってオルランドは深く頭を下げる。
じっと見つめる魔女。やがて深くため息を吐くと、どこか諦めたような口調でオルランドに話しかける。
「罰は必要ない。私の勘繰りすぎだったようだよ、こちらこそすまなかった」
「ただあんたのその理想は余りにも欲深すぎる。まるで呪いだ。そんなものを抱え続けていると早晩その身を焼き尽くされる事になるよ…まあ言ったところで聞き入れるようにはみえないが、一応忠告しておくよ」
「もとより、覚悟の上です」
すこしも気負う風なくオルランドはそう答え、にっこりと微笑む。
「つくづく変わった男だね…まあいい、この男を客室まで案内してやりな…って、しまった!すっかり忘れてたよ!!」
慌てて辺りを見回す魔女。
…周囲では緊張の限界を迎えた猫達が目を回してひっくり返っていた。