ジンジャーとネズミの騎士 その6
日が沈み、ただでさえ明かりの少ない貧民区は深い闇に包まれる。
夕刻からひそみ続けていた事もあり、待ち伏せていた男達もさすがに集中が途切れたらしく、あちこちでぼそぼそとささやき合う声が聞こえてくるようになる。
そんなどこか弛緩した空気の中を、一匹の小さな陰が静かに男達へと忍び寄る。
突如悲鳴が上がり、物陰から男達が転がり出る。
「刺された!くそっ、なにかいるぞ!」
肩を押さえながら叫ぶ男。周囲に散っていた男達も何事かと集まりだす。
うずくまる男の背後の暗闇から、ぬっと小さな陰が現れる。
「はっ。捕らわれの姫を救うべく、ネズミの騎士様参上、ってな」
ジェットは近場の敵から手当たり次第に襲いかかっていく。
残った男達も不意打ちに混乱状態となり、ともかくも声のする方へばらばらと応援に駆けつけようとしている。
その隙間をぬうように、ジンジャーが男達の間を音もなくすり抜けていく・・・・・・
ネリから教わった家を目指して、ジンジャーは夜の町中を静かに駆け抜けていく。
「ここ、かにゃ」
目当ての家へとたどり着くと、扉を蹴破り迷うことなく中へと飛び込む。
突然の事に入り口で呆然としている男をとりあえず殴り倒し、そのまま奥へとずんずん進んで行く。
そうして進んだ先の再奥、扉が開いたままとなっている部屋の中を見てジンジャーは足を止める。
中では一人の女性が椅子に縛られており、その周囲いる何人かの男達が驚いたようにジンジャーを見つめていた。
縛られた女性もまた驚いたようにジンジャーを見つめているが、その頬は腫れており、口元には乾いた血の跡があった。
「・・・・・・ジンガさん、ですかにゃ?」
ジンジャーが静かに問いかけると、女性は驚きつつもしっかりとうなずく。
そんなジンガの様子を確認した後、ジンジャーはゆっくりと男達へと向き直る。
ジンジャーの金色の瞳が細められ、ゆっくりと毛が逆立つ。
空気が張りつめていく中、ごくり、と誰かの息を呑む音だけがやけに大きく聞こえる。
「・・・・・・怒りにまかせて剣を振るいたくは無いにゃ。ただ、どうしても、うまく手加減する事は出来そうにないにゃ」
警告するようにそう言うと、おもむろに剣を抜いて男達へと歩み寄っていく。
町の外れ、人の気配の無い路地の奥に大小二つの陰がある。
小さな陰はネズミの騎士ジェット、壁に背をもたれかけ、半目で地面を見つめている。
もう一つはネリ、そわそわと落ち着き無い様子で辺りをきょろきょろと見回している。
ぴくり、とジェットの耳が動き、おもむろに顔を上げる。
そしてじっと前を見続けたまま、無言でマチ針を引き抜く。
視線の先には一つの陰、まるで黒く塗りつぶされたような、どこかおぼろげな形をした騎士がいた。
全身を覆うような姿からその表情を伺う事は出来ないが、まるで剣を構えるジェットの事も視界に入っていないかのように、何事もないかのようにネリ達の元へと歩み寄ってくる。
ちいさく舌打ちをした後、針を肩に担ぐようにして、半身を騎士へと向ける形で構えるジェット。
そのまま目を逸らさず、ジェットはネリに向かって話しかける。
「・・・・・・可能ならば逃げろ。嫌だと言うなら邪魔にならない所でじっとしていろ、いいな」
有無を言わせない雰囲気にネリも何も言い返せず、だまってうなずき後ろへと下がる。
黒い騎士は歩みを変える事もなく、ゆっくりとネリ達へと近づいてくる。
一方、ジンガを助け出したジンジャーは、並んでネリ達との待ち合わせ場所へと向かっていた。
「本当にありがとう、ジンジャーさん。いきなり彼らが来て捕まってしまった時は、逃げる事も連絡を取る事も出来ずにどうしようかと思ったけど・・・・・・彼も無事と聞いて安心したわ」
歩みをゆるめず、隣のジンジャーに頭を下げるジンガ。
「にゃ、お気になさらず。むしろもっと早く助けに入れれば良かったのですが・・・・・・」
まだ腫れの残るジンガの頬を見つめながら、すまなそうにジンジャーが答える。
「そんな、それこそ気になさらないで。彼に付き合ってると、こんなこと慣れっこですから」
そう言って、くすりと微笑むジンガ。
強い人だにゃ、そんな事をちらりと考えつつ問いかけるジンジャー。
「そう言って頂けると少しほっとしますにゃ。それで、合流後の当ては?」
「そうですね、このまま留まるのは危険ですから、とりあえず町から出て一旦北へ向かおうと思います。その後は山伝いに東へ向かい、シノナ山の麓・・・・・・私達の故郷ですが、そこへ戻る事になるかと」
「にゃるほど。さて、そろそろ合流地のはず・・・・・・」
そう言い掛けた所で、ジンジャーはぴたりと足を止め、前を見つめる。
「どうされました・・・・・・?」
尋常ではない様子のジンジャーを見て、少し不安そうに尋ねるネリ。
その質問にも無言で答えないジンジャーの視線の先には、剣を振り上げて構える一人の騎士と、その目の前で苦しそうにひざまづくジェットの姿があった。




