ジンジャーとネズミの騎士
「……かっこいいですにゃ!!」
感極まったようにヒゲを震わせて叫ぶジンジャー。
ジンジャーは今、ネゴラにある南州候の屋敷を訪れ、そこで南州候から先の戦争での西の魔女との出会いについて話を聞いていたのだった。
「素敵ね!あなたの元ご主人様。私の先代も同じく戦場で勇敢に戦って亡くなられたそうよ……私も、彼女達のようにありたいものだわ」
腕を組んで深く頷くヘイゼル。
そんな彼らの様子ニコニコと眺めながら、南州候ウィリアム・ゴードンは白髪交じりの髭を撫でつつ、おだやかに話を続ける。
「大恩ある魔女様の使い魔殿であった方をもてなすのは当然の事です。ジンジャー殿、そして南の魔女様、大した御もてなしも出来ませんが、どうぞおくつろぎ下さい」
南州の州都、ネゴラ。地理的には大陸の西南にあたり、ワガラムの北、ジンガとは山脈を挟んだ東にある。
山脈から流れる多くの河川により土地は潤され、またその水系を利用したワガラムなど南の港町への水運業により、南州最大の都市として発展している。
「とはいえ、南の魔女様が連れてこられた件の男もそうですが、北部からの流民達等により今もまだ余り治安が良いとはいえない状態です。
お二方には無用の心配かとは思いますが、外を周られる際にはお気をつけ下さい」
「……先の大戦の傷はいまなお大陸を蝕んでおります。南州を治めるものとして、はがゆい限りですが……
と、失礼、お客人を前にしてこのような詮無い事を。年を取ると愚痴っぽくなってしまいいけませんな」
南州候はそう言って撫で付けられた髪を掻きつつ苦笑いする。
「むう、北の魔女が倒されても全てが解決した、とは言えないのですにゃあ」
おや、と顔を見合わせるヘイゼルと南州候。
「……ジンジャー、あなた西の魔女から聞かされてないの?」
「ん、なにがですかにゃ?」
きょとんとして尋ねるジンジャーに対して、南州候が答える。
「……おそらく、ですが、北の魔女はまだ生きております」
「え、どういう事……ですにゃ?だって北の魔女はオルランド殿によって倒されたと…」
とまどうジンジャー。
「白銀の騎士殿をご存知でしたか。彼の方はまさしく騎士の中の騎士、誠に見事なお方でした」
ジンジャーをじっと見つめ、静かに南州候は語り始める。
―カント大平原での戦いに敗れた魔女の軍勢はエリゴアへと撤退し、そこで北壁を挟んで最後の戦いを迎えようとしていた。
しかし王国の軍には既に戦い続けるだけの余力は残されていなかった。そのまま睨み合いになってしまっては早晩にも自壊してしまうのが誰の目にも明らかな程に。
……そこで少数による奇襲によって北の魔女を倒す事を、ホルス王は決断する。3人の魔女と、白銀の騎士を筆頭とした王国の精鋭達がその任に就く事になった。
夜半、吹雪の吹き荒れる中で北壁を越えた一行は、敵の目を掻い潜り北の魔女の元へと辿り付く。
激しい戦いの末に南の魔女は力尽き、東と西の魔女は深い傷を負い、そして白銀の騎士は北の魔女と共に断崖の底へと落ちていった―
「……生き残った者達からは、そう聞いております」
最後にそう言うと、南州候は目を伏せて深く息をついた。
「にゃ……ですが生きている、とはそれだけでは言い切れないのでは……それにそうであるならば、逆にオルランド殿が生きておられるかもしれない可能性だって……それに……」
動揺し、うろたえたまま話すジンジャーに対し、ヘイゼルが諭すようにその言葉をさえぎる。
「血の継承が、なされていないのよ」
「血の……継承?」
ヘイゼルの言葉を継いで、南州候が話を続ける。
「魔女が力尽きた時、次の魔女となる方に訪れるといわれる、龍の祝福の事象です」
「2年前に北の魔女が行方知れずとなってから今までの間、まだどこからも血の継承が観測されたとの報告はなされておりません。つまりは……」
「北の魔女はまだ生きている可能性が高い、と言う事なのですかにゃ……?」
「おそらくは。ただ確証のある事ではないので、無用な混乱を防ぐ為にも民には表立っては伝えておりませんが…国政に携わる者達には既に伝えられている事です。
ゆえに国王も各候も、今も北壁に監視の兵を付け、ありうるかもしれない次の騒乱に備えておるのです」
南州候は静かに頷きならがらそう答える。
「そんな、だって……」
まだ動揺から醒めないジンジャーの姿をちらりと見て、小さくため息を吐いたヘイゼルは、おもむろにジンジャーの左右のヒゲを掴んでぶにぃーと伸ばした。
「ぶにゃ。にゃ、にゃにふぉ……」
「北の魔女の事も白銀の騎士の事も、あくまでそうかもしれないって話なだけよ。ここでうだうだ考えていたって結論なんて出やしないわ」
「ジンジャー、あなたはこれからもっと各地を回るんだから、旅先で色々聞いてみたら良いのよ!騎士を目指しつつ魔女や白銀の騎士を調べる事も出来て丁度良いじゃない!」
「ね、良い考えでしょ!!」
ふんっ、とジンジャーのヒゲを掴んだまま自慢げに胸を張るヘイゼル。胸を張ったせいでジンジャーの顔が更に横に伸びる。
「ふぃ、ふぃげがちぎれにゃふぁ……」
ヒゲほんとに引っこ抜けそうなんですけど、そう必死にヒゲを押さえて訴えるジンジャー。
そんなジンジャーの様子を見て、なぜか照れながら更にヒゲを引っ張るヘイゼル。
「もう、ありがとうだなんて……そんなに畏まって感謝しなくっても良いのに。これからも一緒に旅をしていく仲間なんだから」
「いやちがぶにゃ」
色々否定したいジンジャー。引っ張り続けたままニコニコご機嫌のヘイゼル。
そんな彼らの様子を、南州候はおだやかに微笑みながら眺めていた。




