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「まさかあんたもアンドロイドだったとはね」


彼女は両腕の代わりに生えている翼を折りたたみながらそう言った。

先ほどまでとはうってかわってぞんざいな口調だ。丁寧に話しかけるのは人間相手だけらしい。


「でも武装型ならなんでさっさと撃たなかったのよ」


非難めいた口調ではない。単に事実を尋ねるだけの淡々とした口調だ。


「今ので弾切れなんだ」


そう言って人の右腕に内臓された20mm三連砲を振って見せる。

補給のあてはないから、この右腕は今からただのマニピュレーターにしかならない。


彼女は僕の言葉に軽くうなずくと、さっさと駅舎の中に入っていった。僕も慌ててついて行く。

内部は暗く、数m先さえ見通せない。ここを通り抜けるのは苦労しそうだ。

435号は気にするそぶりも見せずどんどん歩いていく。


「で、なんでアンタここを通ろうとしてるの?」


「犬が病気になってね。手術できる設備のある動物病院を探してるんだ」


「犬!?犬の飼い主は!?」


「僕だよ。あとポチは首輪をつけていなかったからもともと野良犬だったらしい」


突然食って掛かってきた435号は僕の返事を聞くとまた突然におとなしくなった。

アンドロイドのくせに感情が不安定すぎる。どこか異常があるのかもしれない。

暗い駅舎の中はひどくほこりっぽかった。

なぜ435号が僕の先をずんずん歩いていくのかはわからない。


「私は生存者の捜索と救助が任務よ。動物病院には生存者が医療物資を求めてきた痕跡が残っているかも知れないじゃない」


言われてみればそうかもしれない。でも僕には言っておくことがある。


「僕がこの街に到着してから3年経つけど、生きた人間は一人も見なかったよ」


彼女はまた静かになった。

僕らの足音だけが駅舎のくらやみに谺する。




おそらく彼女は街から街へと、生存者捜索任務のために飛び回ってきたのだ。そしていまだにその任務を達成できないでいる。

任務の達成も更新も不可能な現状では、自己破壊が一番望ましいが、彼女はまだ(・・)そうするべきでないと判断しているのだろう。僕と同じく。

僕らを攻撃してきたロボットのことが少し羨ましくなる。彼のような無人兵器は僕らのような高度な自律機能を持ち合わせていない。ただ命令を遂行し続けるだけの機械だ。いちいち任務と存在意義の自己矛盾にさいなまれたりすることもない。


改札を抜け、線路を渡り、また改札を抜けた。出口までもう少しだ。

435号はずっと黙っている。


彼女は駅の向こう側を知っているはずだ。そちらから飛んできたのだから。

出口はもうすぐそこにある。なのに彼女の沈黙が何を意味するのか、少し不安になってきた。


出口を抜けた。


星の光に照らされて乱立するビル群は、入り口のそれよりもきちんと建っているものが多い。どうやらこちら側にはあまりミサイルが飛んでこなかったようだ。

その代わりに至るところに弾痕が見えた。どうもこの辺りの無人兵器は弾薬が有り余っている上に凶暴らしい。


「なるほど。君が黙っていた理由がなんとなくわかった」


「少なくとも空から見た時にはこの辺りに無人兵器はいなかったわ。赤外線にも引っかからなかったし」


赤外線感知機能があるなら駅舎の暗闇を通り抜けられたのも納得だ。

だが無人兵器の中には高度な隠蔽機能を持つものもいる。ましてやビル群は格好の隠れ場所になる。


しかし目指す動物病院まであとわずか数百mのはずだ。


「僕を運んで飛べる?」


「無理ね。そういう機能はついてないわ」


「じゃあ僕の持つ地図データを君に渡す。君の生体脳基盤の型は?」


「四重積層式よ。素材はイルカ。あんたのは?」


「圧縮分離核型で素材はラット。互換性はないね」


僕らはペンも紙も持っていない。周囲に使えそうなものもない

どうやら直接動物病院へ向かうほかないようだ。

少なくとも駅の向こう側では無人兵器は夜間にほとんど活動しない。こちらの無人兵器もそうであると期待したい。




435号がビル街の上を飛び、僕が地上を歩くことにした。これならもし無人兵器が活動を始めてもすぐに発見できるだろう。

弾痕だらけのビル群は奇妙なほどに静まり返っている。静寂が煩わしく感じられるほどだ。

時々頭上を横切る435号は、かすかな影を地上に投げかけてくる。彼女の影と僕以外に動くものはいない。ふと、昨日見かけた影は彼女のものだったのかもしれないと思い当たった。


ビルの影に身を隠しながら数本の通りを越えた先に動物病院はあった。幸い、ここに至るまでの道のりで無人兵器を見かけることはなかった。

動物病院も数発の弾痕を除けば何も問題ないように見える。通りに面している窓ガラスさえ割れていない。後は建物の中身が無事かどうかだ。


「良かったわね。大丈夫そうじゃない」


僕の隣に降り立った彼女が言う。


「あとは手術できる設備があるかどうかだけね」




入り口のドアには鍵がかかっていたが、僕らは無事だった窓ガラスをたたき割って中に入った。

来客用のソファと小さなテーブルが置かれた待合室。その奥に見える受付。どこも綺麗なままだ。

さらに奥には動物を載せる診察台と手術用の薬品が収納された棚があった。棚は綺麗に整頓されており、どこにも異常はない。

院長室では動物の解剖図や論文が収められたファイルがたくさん見つかった。

電気が来ていないからコンピューターの助けは借りられないが、ここならポチの病気もなんとかできるかもしれない。


入ってきた窓から外へ出た時、彼女は少し不満そうに見えた。生存者も生存者の痕跡も見つからなかったのだから当たり前だろう。


「ここまで一緒についてきてくれてありがとう」


飛び立とうとしている彼女にそう声をかけた。


「君にもポチを会わせたいんだけどどうかな」


僕の提案に彼女は少し考えてから返事をした。


「そのポチから生存者をたどれるかもしれないわね。犬は嗅覚が優れているからヒトの匂いを覚えていれば捜索に役立てるかも」


彼女のイルカの脳みそは任務に矛盾しない方法を考え出すために唸っているようだ。

綺麗な眉間に少し皺がよっている。僕らの存在理由は任務の達成にある。それ以外のことをするときにはいちいち任務に矛盾しないロジックを考え出さなければならない。


「犬の嗅覚を利用するためにはポチの健康が回復する必要がある…。わかった。ポチが元気になるまでそばについてるわ」


「よかった」


本当に心から良かった。彼女がいれば無人兵器を見つけやすくなり、街を歩き回るときの危険が減る。

任務に矛盾せず彼女といられる。

僕のラットの脳みそも小躍りしそうだ。


「昨日君を見かけたときに声をかけておけば良かったな」


「昨日?」


「昨日の夜に君が頭上を通ったのを見かけたんだよ。僕はてっきり軍用ドローンかと思って隠れたんだけど」


「私がこの街に入ったのは今日の午前中よ。昨日はまだ街の外にいたわ」


彼女の表情が凍る。


──じゃああれは本当にドローンだったのか


そう言おうとした瞬間、全く別の声が届いた。





『我々は諸君の武装解除を求める。諸君らは停戦法に違反し、違法に武器を所持している。我々の指示に従い、直ちに武装を解除し、自己停止プログラムを作動させなさい。繰り返す。我々は諸君の武装解除を求める。諸君らは停戦法に違反し──』





外部の音を拾う疑似鼓膜を通した声ではない。短波無線を通して頭の中に直接響いてくる。

彼女も同じ無線を拾ったのか、動きを止めている。

声は紛れもない人間のものだ。それも録音ではない、生きたヒトが直に喋っている。


周囲のビル群からは無線に反応して起動する無人兵器たちの起動音が聞こえてくる。

このままここにいるのはまずい。

このヒトは正規の命令系統にない可能性が高い。彼の命令に従う無人兵器はいないだろう。



しかし、無線は同じことを三度繰り返したあと、最後に言った。


『私は全地球連邦委員会書記長であり、諸君ら無人兵器及び武装アンドロイドは私に服従する義務を持つ。今より現状の任務を解除するコードを一世に送信する。その後、私の命令にただちに服従しなさい』



ついで送られてきたコードは正規のものだった。僕の脳はそれにさっそく反応し、体の各機能を停止し始める。

435号が体を丸め、じ閉モードに入ったのがかすれゆく視界のなかにかくにんできた。


けいさんそく度がきゅうげきにうしなわれしこうできなくなっていく。




そのしゅんかん、ぼくのあたまにうかんだのは、くっしょんのうえでよわっていくぽちのことだった。





来週までには更新します。

次回でたぶん完結します。

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