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よろしくお願いします。


マンホールの蓋を持ち上げると外気が一気に流れ込んできた。


「うお、寒」


外の空気は思わず声を出してしまうほど冷え切っている。

底冷えする冷気に耐えながら、蓋をいっぱいに上げると、頭上には綺麗な天の川が見えた。

今度は声に出さなかったが、綺麗だな、と思った。


深夜のビル群はひっそりと静まり返っている。この街からヒトが逃げだして以来、夜はずっと静かだ。

ところどころにある瓦礫の山を避けながら、僕は目的の建物へ向かった。


元はスクランブル交差点だった道路を渡るとき、星空を影がよぎった。

あわてて放置されていた車の陰に身を隠す。普通、鳥は夜飛ばない。ひょっとすると、軍用ドローンがまだ飛び回っているのかもしれない。

奴らは低空を旋回しながらミサイルや機銃で攻撃してくる。最近はほとんど姿を見ることもないが、もし見つけられたら厄介だ。

動きを止めて10分ほど待ってみたが、もう影は現れなかった。


「ひょっとすると気のせいだったのかな」


わざと声に出して呟いてみる。もし遠くから僕を監視しているのなら、きっと集音マイクで今のつぶやきも感知するはずだ。

何も起きない。

どうやら本当に気のせいだったらしい。


交差点を渡ってから二本目の曲がり角に目的のビルはあった。この街にはどこにでもあったごく普通の雑居ビル。かつてはヒトが通っていただろうビルも、今ではすっかり荒廃していて、建物のところどころにはヒビが入っている。

入り口には頑丈そうなシャッターが降りていたが、ビルの外面に張られていたガラスはほとんどすべて割れていて、簡単に中に入ることができた。

目指すは三階のペットショップだ。そこに行けば必要なものが見つかるはず。


ペットショップは無残に荒らされていた。ヒトが逃げ出す前、この街では至るところで略奪が起きていたそうだから、この店もそのときに襲われたんだろう。

陳列棚はすっかり空っぽになっていたが、バックヤードに回ると、手を付けられていない段ボールの山があった。

段ボールにはそれぞれ製品名が書かれたシールが張られている。それを頼りに山をほじくり返すと、目的の品名が書かれた段ボールが見つかった。

中身をあるだけリュックに詰め込む。たくさんあって困るということはないだろう。


ペットショップからの帰りに、ついでに一階のコンビニ跡で使えそうなものを漁る。

ここも陳列されていたものはほとんど持ち去られるか、あるいは腐ってしまっていた。バックヤードも完全に空っぽだったが、たまたまレジに挟まっていたスプーンを見つけた。なぜこんなところにあるのかはわからないが、何かに使えるかもしれない。ジーパンのポケットに突っ込んでおく。


外に出ると、空は明るみ始めていた。

夜はもう終わる。完全に日が昇るまえに暗い地下に帰らなければならない。

日が昇っている間、この街は無人兵器たちのものになる。


マンホールをくぐり、下水道を抜けた先のねぐら──元は雨水を一時的に貯める貯水槽だった空間──で、ポチは僕の帰りを待っていた。

段ボールで作った囲いの中で、ランタンの明かりに照らされ、ぼろぼろになったクッションに横たわるポチの姿は痛々しく見える。今は病気にかかっているからなおさらだ。

僕が出かけていた間にまた吐いてしまったようで、クッションが少し汚れていた。

彼は僕を見ると喉の奥を鳴らした。

寂しかった、と目で訴えかけてくる。


「ごめんねポチ、でもどうしても上でこれを取ってこなきゃいけなかったんだ」


そう言い訳して背負っていたリュックから缶詰を取り出す。

『病気のワンちゃん用ドッグフード』とデカデカと書かれたこの缶詰なら、きっとポチにも食べられるはずだ。

説明書きには『電子レンジで加熱してからならワンちゃんもより美味しく食べられます』と書いてある。あいにくここには電子レンジはない。でも温める手段はある。


「もうちょっと待ってね。すぐ用意できるから」


ポチに背を向け、簡易コンロの燃料に火をつけ、鍋に湯を沸かす。沸いた湯に缶詰を浸してしばらく待ち、ほかほかの中身を皿にあける。


「ほらポチ、食べていいよ」


しかしポチはドッグフードを少し舐めただけでへたり込んでしまった。

よっぽど食欲がないらしい。鼻をすぴすぴ鳴らしながらぐったりとしている。


「そんなに悪いのか、お前」


ポチは何もしゃべらない。ただぐったりと寝そべっている。

ドッグフードなんかじゃなく、きちんとした診療と治療が必要なのかもしれない。

病院を探さなければ。医者はいないが、本を読めば僕にもある程度の治療はできるはずだ。


その日、ポチが眠りに落ちるまで頭を撫で続けてやった。




翌日、まだ太陽が沈みきらないうちにねぐらを出た。無人兵器に見つかる可能性はあるが、病院を探すためには時間が必要だ。測位衛星と通信が取れなくなり、地図情報が閲覧できなくなってからもうずいぶん経つ。最後に閲覧した地図情報の記憶はあいまいになり始めている。探すには時間が必要だ。

ペットショップへ向かう途中の交差点を右に曲がり、街の中心部を目指す。あまり入ったことのないエリアだが、記憶が確かなら動物病院の記載があったはずだ。手術できる設備が整っているかはわからないが、他に当てもない。


念のため、常に建物の陰に身を隠しながら移動する。無人兵器たちは日中に活動することが多いが、日没後もしばらくの間動き続けているらしい。


中心部へ近づくにつれ、周囲のビルは徐々に高さを増していく。それに伴って、破壊されたビルも多く見るようになった。

この街は巡航ミサイルによる攻撃を受けている。街の中心部は特に狙われたようだ。


──ひょっとすると動物病院も破壊されているかもしれない。


嫌な考えが頭に浮かんだ。

例えそうだとしても、郊外に向かえば別の動物病院が見つかるはずだ。

とにかく今は歩き続けよう。


ポチと別れてから数時間が経ち、夜もとっぷりと更けたころ、大きな駅に行き当たった。

めざす動物病院はこの駅を越えたところにある。

ここではかつて大勢の人が避難生活を送っていたらしく、ビニールの切れ端やタイヤの燃え残り、古い空き缶やペットボトルが駅舎の前に散乱している。

ヒトがこの街を去るときに、最後に残していった生活の残骸だ。今はアスファルトを突き抜けて伸びる雑草に埋もれつつある。


横倒しになったドラム缶を踏み越えた瞬間、突然駅舎を飛び越えて夜空を影がよぎった。

慌ててドラム缶の陰に隠れる。昨日とは違う。今日の影には確かに翼があった。

もしドローンだとすれば、今隠れているドラム缶はかなり心もとない。一番良いのは駅舎に逃げ込むことだ。駅舎の入り口も窓も、ドローンが入れるほど広くはない。


上空の影はゆっくりと旋回しようとしているらしい。今は離れているが、すぐにまた戻ってくる。もしドローンのセンサー類がまだ生きているならすぐに見つかってしまう。駅舎に駈けこむなら今しかない。


体を起こすと同時に走り出す。背後でドローンのセンサーが起動する電子音が聞こえたような気がした。周りの風景がスローモーションのようにゆっくりと流れ、僕の足も思うように動いていない気がする。

駅舎の中に頭からダイブした。


外からは何も聞こえない。どうやら助かったようだ。全身から力が抜ける。


「はー、良かった」


思わず声が出た。

口の中に入ってしまったホコリを吐き出しながら立ち上がると、目の前には自走式の半人型戦闘ロボットが待ち構えていた。

全然何も良くなっていない。最悪だ。


ロボットに赤い信号が灯る。僕を見つけ、戦闘状態に入ったことをわざわざ教えてくれたのだ。

一瞬遅れて、大きく振りかぶられたロボットの右腕が僕の体を弾き飛ばした。


「──くぅっ!」


重い衝撃が突き抜け、体が宙に浮いたと感じた次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

数舜遅れて、外へ投げ出されていることに気づいた。ついさっきダイブした入り口から文字通り叩き出されたらしい。


全身から痛みが送られてくるが、構っている場合ではない。

どうにか立ち上がると、ロボットは入り口から抜け出して来ようともがいていた。2m半はある巨体に対して、少々入り口のサイズが小さいようだ。

あのタイプのロボットは装甲車並みの武装を持つはずだが、一発も撃ってこない。どうやら弾切れらしい。


このロボットを倒せば駅舎を通り抜けられる。しかし倒したときに僕の体が無事かはわからない。

このロボットから逃げて駅舎を迂回すれば少なくとも僕の体は無事だ。でも迂回するのにどれだけ時間がかかるかはわからない。


一瞬迷った。一瞬だけだった。




僕はロボットに背中を向けて駈けだした。

ポチのことを考えれば危険を冒すわけにはいかない。もし僕がここで動けなくなれば、病気のポチは一人ぼっちで死んでしまう。

ロボットが追いかけてくる音が背後から聞こえてくる。同時に前方から何かが風を切って飛んでくる音がした。


ロボットに気を取られすぎていた。そもそも駅舎に逃げ込んだのは外にドローンがいたからだ。


今更駅舎には戻れない。このまま走り抜けて手近なビルの廃墟に逃げ込むしか助かる道はない。懸命に足を動かす。前方のドローンの姿がはっきりと見え始めた。

長い翼とそれに比べて短い胴体。翼下には何も吊り下げていない。ミサイルを持たないなら何とか逃げ切れるかもしれない。

ドローンは速度を増しながら近づいてくる。すぐ背後からはロボットの駆動音が聞こえてくる。ビルまであとほんの10mほど。ぎりぎり間に合うはずだ。

あと5m。

ドローンの機首がはっきりと見える。機首には──女の子の顔がついていた。


次の瞬間、横腹に強い衝撃を受けて弾き飛ばされた。地面をこすりながら真横に跳ね飛ばされる。

ぎりぎりのところでロボットに追いつかれた──そう理解した瞬間、僕の頭めがけて振り下ろされるロボットの拳が見えた。


脳裏に掠めたのはポチのことだった。

ポチを一人ぼっちのまま残していくのはあまりにも辛い。



(ポチ、ごめん──!)

















拳は振り下ろされなかった。

振り下ろされる瞬間、ロボットに横合いから“何か”が突撃し、弾き飛ばしたのだ。


「そこのあなた!だいじょうぶですか!」


おまけにその“何か”は言葉まで喋った。それも少女の声で。

横腹に受けたパンチの衝撃が大きく、返事ができないでいると、“何か”が駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか!今すぐに手当てをしますから…」


そう言って屈みこんだ“何か”は確かに少女の顔をしていた。ただし両腕はヒトのそれではなく、翼のような形をしている。

不意に先ほどまで狙われていると思い込んでいたドローンと目の前の少女が重なった。同時に、自分のまぬけさに思わず笑いそうになる。


「…たぶんその腕じゃ無理だよ」


僕の言葉が聞こえると、彼女は顔を綻ばせた。


「ああよかった…!意識はあるんですね!けがをした箇所を見せてください!」


僕は言葉に従って着ていたパーカーをめくって見せる。それを見て彼女は怪訝な表情になった。どうやら彼女は僕をヒトと思い込んでいたらしい。


「あなたまさか…」


彼女がそう言いかけたとき、彼女の背後でロボットの巨体が近づいてくるのが見えた。

あとわずか2秒で彼女に拳が届く位置に到達しようとしている。こうなっては奥の手を使うほかない。

寝そべったまま、僕は右腕の安全装置を解除した。ヒトの腕を模した構造がほどけ、銃口が開放される。劣化ウラン榴弾は残り三発。

補給のあてはない。


榴弾がロボットに着弾するたびに劣化ウランが弾け、綺麗な火花が噴き出した。

ちょうど三発目でロボットは動かなくなった。

彼女はそれを立ち尽くしたまま呆然と眺めているように見えた。


火花が完全に収まった時、僕は彼女に自分の個体番号を名乗った。


「僕は自律式偵察型低武装アンドロイド光龍Ⅱ型R-B2号。この街に偵察任務のために潜入した。現在も任務続行中。君は?」


彼女はようやくすべての合点がいったという表情になり、自らの個体番号を名乗った。


「私はマルチプル・ヒューマノイド・プレーン、ミカエルⅣ、435号。この街には捜索および救助任務のために派遣された。同じく任務続行中」




こうしてはぐれアンドロイドの僕は、同じくはぐれアンドロイドの彼女と出会った。

そして夜の冒険はまだまだ続く。


来週までに続き投稿します。

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