愛餓え悪
私を生かしてください。きっとあなたのために死んでみせますから。
春休み。
中学校を卒業して、入学予定の高校でもまだ入学式が行われていない、そんな中間的な春休み。
どことなく中間的で、半端なく半端な感じの春休み。
そんな春休みに、ぼくはいったい何をするべきなのだろう。
「お兄、なんでそんな所に突っ立ってるの?邪魔でしょうがないよ」
「ああ悪い、少しだけ、人類の最大の課題、いやむしろ義務と言えるかな、について、ちょっと思いを馳せていただけだよ。気にするな」
「ふぅん···ま、お兄の奇行にいまさら驚いたりしないけど、邪魔だからはやくどいてね」
そう言って、ぼくがどく前に、ずっとリビングの前の廊下に突っ立っていたぼくを押しやって、何事もなかったようにリビングに入っていくぼくの妹。名前は彩火。
ぼくも後を追ってリビングに入る。
「あれ?そういえば、お前が部屋から出てきてるのって結構珍しくないか?レア?ミディアムレア?」
「焼いてどうするんだよ···」
「じゃあウェルダン?」
「だから焼いちゃダメだって!」
ぼくのボケにやや激しくツッコミを入れるぼくの引きこもり妹、彩火。
彩火はぼくにやや呆れた視線を送ってから、冷蔵庫の前まで行き、中身を物色しだす。どうやら朝食を作るつもりのようだ。
時計を見ると午前七時。
そういえばぼくは朝食を食べようとして廊下に突っ立っていたのだった。
「あ、ぼくの分も作ってくれ」
「·········」
無反応ながらも、やはりぼくの分も朝食を用意してくれる妹。
そして、やはり容姿において解説しておいた方が一部の架空の読者にとってはありがたいと思う。なのでする。
上から順に、髪は少し跳ねているが、紛れもない黒。後ろ髪が肩まで伸びており、それが無造作にゴムで一括りにされている、いわゆるポニーテイルの様な髪型。
顔は、いかにも感受性豊かですといった感じの、大きい目が少し吊っていて、鼻はツンと上向きで、口は常にヘの字の形になっている。
ボデーの方は第二次成長期に入ったばかりなので黙秘。しかし別に大きくはない。二重の意味で。
まぁ、一重に美少女と言って差し支えのない容姿だと思う。
そして、妹の説明の中で一番大事と言っていいほど大切なことを一つ。
実妹です。
「おーいお兄、ご飯できたぞー食えー」
「りょーかい」
やはり入口で突っ立っていたぼくに律儀に呼び掛けてくれる妹。
ぶっちゃけ嫌いじゃない。
妹がテーブルに料理(といっても、トーストに目玉焼きを載せた簡単なもの)を並べている間に、ぼくは席につく。
「なぁ彩火」
「なに?お兄」
「まぁ唐突に思い付いた例え話、というか質問のようなものなんだけれど」
「おーし、ドンとこい」
「お前が、自分の体が上から下まで、隅から隅まで全部見渡せるくらい大きい鏡の前に立ったとする」
「ふむ」
「すると当然、お前は鏡に映る自分と対面する訳だ」
「そうなるね」
「じゃあお前は、その鏡に映ったものを――自分と全く同じものだと思うか?それとも自分と全く違うものだと思うか?」
「うーん、私はね···それは多分、ぜんっぜん別のものだと思うよ。違うんじゃなくて――はなから別のもの」
「なるほどね」
「じゃあお兄はどうなの?」
「ぼく?ぼくが鏡を見たら、か···」
すこし考える。そして出た結論を、自分でも滑稽だと思いながらも口にする。
「ぼくが鏡を見たところで、鏡には何も映らないと思うぜ」